足りない水気
「起きろ。やらねばならぬ仕事が山積みだ」
「んん」
シェリルは珍しくアンドロマリウスに無理矢理起こされた。アンドロマリウスの行動を予測してか、ミャクスは寝台から降りて行儀よく待っている。
ゆっくりとした動作でシェリルが身を起こすと、アンドロマリウスが仁王立ちで見下ろしていた。
シェリルは彼を見上げて数回、ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そうしている内に目が覚めてきたようで、今にも横たわりそうな雰囲気が引き締まっていく。
「おはよう。水気はどう?」
「自分で確かめろ」
アンドロマリウスは彼女が眠っている間に確認を終えていた。だが、これはシェリルの仕事である。
身の回りは甘やかしても、仕事までも甘やかすつもりはなかった。
シェリルはアンドロマリウスの答えが想定内だったらしく、無関心そうに、ただ「そう」とだけ反応し、寝台から降りた。
「翌日?」
「そうだ」
「ミャクス達は……大丈夫そうね」
自分が気を失うようにして眠ってしまってからの事を簡単に確認しながら脱いだケルガを渡して、アンドロマリウスから差し出された新しいものと交換する。
古いものを受け取ったアンドロマリウスはミャクスを連れ立って部屋を出ていった。
「水気があっても……
一度は雨乞いするしかないかなぁ」
シェリルはこれからの行動を考えているのか、ゆっくりとケルガを身体に巻き付けていく。
その仕上げに使うのは赤い長紐である。
リリアンヌとアンドレアルフスとで長旅をした時に、アンドロマリウスから貰ったものだ。深い藍色と対で貰ったものだが、中々に長持ちしている。
確かにアンドロマリウスから破損しにくいように術をかけさせた。それ以上に、元々丈夫に作られているのだろう。
シェリルはこの二種類の紐を大層気に入っており、今はケルガには赤、ヒマトには青を、というように使い分けていた。
普段よりも少し紐の結び方が違う。シェリルはその結び目をじっと見つめたが、溜息を吐いて首を横に振った。結び目に手を伸ばす事なく姿勢を正し、シェリルは部屋を出ていった。
「シェリル、紐が変だ。来い」
「ん」
アンドロマリウスはシェリルの姿を見るなり顔をしかめた。シェリルは堂々とした様子で彼の目の前に立つ。
彼はシェリルが結び目の事を知っていてこの場に現れた事を確信するも、無言で結び目を直すだけで指摘する事はなかった。
足下にはわらわらとミャクスが群をなしてシェリルにすり寄っている。
不思議な光景だった。
アンドロマリウスが用意していたスープを食したシェリルは、早速中庭へと移動した。シェリルは地面に術式を描いて再び深い穴を作り出す。
この前使った意志を包んだ布を結びつけた細い縄を使って水の具合を確認した。
シェリルの予想通り、湿った泥が少しだけ布についている。だが、これは本来の状態ではない。
アホロテに奪われた水分は一日二日で取り戻せるような量ではなかったのだ。
やはり、雨乞いをしなければならないだろう。シェリルは気が重かった。胃のあたりがずっしりと重く感じられる。
もちろん、先ほど食事をしたからではない。
雨乞いという行為が嫌なだけである。これは広範囲に渡って雨を降らせる事であり、大がかりな術式を用いる必要がある。
天候を操るというものは、人間の手に余る行為だ。それを行おうとしているのだ。
それなりに準備も必要だし、力もかなり消耗する事を覚悟しなければならなかった。
「マリウス」
「何だ」
シェリルは近くで彼女の動きを見守っているアンドロマリウスに声をかけた。
彼女は土の付いた布を見つめたままであったが、決心したようにそれを握りしめる。
「雨乞いするから手伝って」
「分かった」
そう言うなり、アンドロマリウスは彼女に背を向けたのだった。