ミャクスの手伝い
シェリルが展開した術式の扉をくぐり抜け、二人はエブロージャまで戻ってきた。急いで行動したとは言え、エブロージャからユーメネを越える砂漠までの大移動はさすがに時間を要した。
おおよそ早朝に移動を始め、ここに戻ってきたのは翌日の日が昇ってからである。太陽はほぼ真上にあり、丸一日を優に要する大移動だった事が分かる。
自分の敷地の目の前に移動できたのを確認するやいなや、シェリルは力を抜いた。
アンドロマリウスが彼女を見れば、眠ってしまっているようだった。安心して気が緩んだのと、体力の限界を迎えたからだろう。
彼がシェリルの作り上げた結界を取り去り、中へ入るとミャクスが集まってきた。シェリルが目を閉じてぐったりとしているのに、責め立てるような鳴き声を出す。
「キュイッ」
「問題ない。疲れて眠っているだけだ。
アホロテはもといた場所まで連れて行った」
「キ」
アンドロマリウスの足下をミャクス達が取り囲むようにしてくるくると回っている。シェリルを案じているのだろうか。アンドロマリウスはふ、と口元を歪めた。
シェリルとミャクスの間に会話はなかったはずだ。だが、彼女が召喚術士としてきっちりと仕事を果たしたのだけは分かっている。
噂通りの人間だったとミャクスが騒いでいる声も聞こえてきた。藁にもすがる思いだった彼らは、シェリルの行為に感謝し、本当の信頼を勝ち取ったのだ。
アンドロマリウスはシェリルを床に降ろし、彼女の背を支えたまま器用に彼女の首もとからクロマを抜き取った。クロマを床に敷き、彼女を横たえてから作業を始めた。
それは、シェリルの足を固定しているアホロテの粘液を取り除く事である。アンドロマリウスはシェリルを起こさないように細心の注意を払いながら削っていた。
この堅い物質は、摘むようにして小さな面積に力を入れるとすぐに割れる。だが、面を割ろうとすれば、相当の衝撃が必要であった。シェリル自身が起きていて、その衝撃を分かった上で力を込めている分には良い。
とはいえ、今はそうではない。無理に彼女の上半身を解放した時のような方法をとれば、シェリルの身体に不要な傷や痛みを生む事になる。
それを理解しているからこそ、アンドロマリウスは爪を立てるように、固まりを爪で叩きながら取り除いているのだ。その様子を見ていたミャクスの数匹がアンドロマリウスよりも下の、シェリルの足の部分を爪で叩き始めた。
このミャクスは小型なものの瞬発力のある種らしい。筋力はたかがしれていると思っていたアンドロマリウスであったが、彼らの破壊速度はなかなかだ。
あっという間にシェリルの足を固めていた粘液は粉々になり、彼女の足が見えるようになった。アンドロマリウスがシェリルの太股付近を解放している間にミャクスが行ったのである。
「おまえ達の方が早そうだな。
任せても良いか?」
「キッ」
「キュッキュィ」
アンドロマリウスが立ち上がり、ミャクスに声をかければ、彼らは一斉にシェリルの下半身を取り囲んだ。
アンドロマリウスはミャクスがシェリルを押しつぶさないように注意しながら作業をしている事を確認し、浴場へと足を運んだのだった。
アンドロマリウスはいつもシェリルに使っている薬湯の中でも、特に消毒の力が強いものを選ぶ。用意した石鹸も、同じようなものとなっていた。
アホロテの吐き出した液体が衛生的ではないだろうとアンドロマリウスが考えていたからである。
湯浴みの用意を終わらせたアンドロマリウスがシェリルを迎えに行けば、既にミャクスが彼女の下半身を解放させていた。
完全な自由を得たシェリルを抱き上げた彼は、そのまま彼女を浴場へと連れて行ったのだった。