引っ越し完了
シェリルが復活してからというもの、アホロテを移動させ始めた頃よりも効率よく進んでいた。
一つ先の穴に移動しては通り抜けた方の穴をシェリルが封じる。アンドロマリウスはシェリルを抱き抱えて飛びながらアホロテを適度に刺激する。
こうする事によって、アホロテの攻撃と後退を考慮せずに作業ができるようになったからである。
更に、アホロテ自体がばて始めたというのもあった。アホロテの攻撃は体内に保有している水分を使っているらしく、数体はすでにしぼみ、ふたまわりほど小さくなっていた。
縮んでしまったアホロテは、大人に囲まれて中央にいる幼体と一緒に移動している。
二人にとって幸運な事に、アホロテは移動し始めると水分を呼び寄せる術式が扱えないようだった。このまま進んでいけば、いずれ無抵抗に逃げ続けるようになるだろう。
そうすればより楽に追う事ができる。二人はその時を待っていた。
ユーメネの街付近に差し掛かる頃には、アホロテもだいぶおとなしくなっていた。力なく逃げまどうようにして、アンドロマリウスが仕向けた方向へ移動するだけだ。
シェリルの水避けも、もう必要ない。とはいえ、シェリルは水避けに維持していた結界のせいで消耗していた。今はアンドロマリウスがアホロテの後ろを追いかけるだけで、シェリルが奥をアホロテの粘液をヒントに生みだした壁も作らなくなっていた。
威勢が良かった彼女も、口数が少なくーーというよりも完全に黙しているーーただ淡々とアンドロマリウスの動きに合わせて落ちないように腕に力を入れるだけだった。
「シェリル、目的地だ」
「ん」
少しうたた寝でもしていたのだろうか。口の中であくびをかみ殺しながらシェリルは頷いた。アホロテが全て次の穴に移動したのを確認した二人は一つ前の穴に戻る。
シェリルは親指に傷を付け、その血を素にアホロテ風の壁を作り、彼らを封じ込めた。
封じ込めたといっても、アホロテがその気になればどこへでも行ける。ただ、暫くはエブロージャの方まで来る事はないだろう。と、シェリルは思いたかった。
「マリウス、少しちょうだい。
早く帰りたいわ」
アンドロマリウスの耳元を気怠げな彼女の声がくすぐった。アンドロマリウスは無言で彼女の抱え方を変え、顔を近づける。
ゆっくりと唇が重なった。シェリルの唇がやや乾き気味だな、と彼は鼻で笑う。
「ん。何よ、うるさいわね……」
今回の件は、シェリルだけでは成し遂げられなかっただろう。人間の枠から外れ気味ではあるが、所詮人間だ。
アンドロマリウスはシェリルの唇を労るように、優しく何度も啄んだ。
シェリルの方はその口づけに戸惑いを覚えながらも、送られてくる彼の力を受け取り、自らの中で循環させる事で精一杯だった。
魔力だけでなく、体力も限界に近かった彼女は、ただ力を受け取り、残った気力でエブロージャに戻る事だけを考えていたのだ。
いつもより、少しだけ長い受け渡しだった。
一気に送っても良いが、それはシェリルが万全な時か緊急事態の時だけだ。力の受け渡しは簡単に見えるが、その実繊細な行為でもある。
徐々にシェリルの頬が赤みを帯びてきた。
彼女の様子を見ながら力の受け渡しをしていたアンドロマリウスは、最後に彼女の乾ききった唇を湿らせるように軽く吸いついた。
「もう良いだろう」
「ありがとう。
とりあえず、原因は何とかできたわね。
帰りましょうか」
シェリルは最後の気を振り絞ってアンドレアルフスから教授された空間移動の術式を展開したのだった。




