そしてシェリルは荷物になった
両腕が自由になってから彼女がした事は、髪を一括りにまとめ上げる事だった。その間にもアンドロマリウスの尽力によって徐々に鍾乳石のような見た目に変わったアホロテが吹き出した液体が取り除かれていく。
一度強く驚かせたせいか、アホロテはアンドロマリウスが誘導したいと思っている方向へ進んでいっている。シェリルが身動きとれない状況であるという事以外は順調であった。
適当にくくられた髪の毛に、横でいくつかの束にまとめている髪を合わせる。一本のしっぽとなったその髪の毛を、くるくるとねじってから根本に巻き付けて固定する。
これで、万一またあの液体の攻撃を受ける事態に陥ったとしても、もう少しましな動きができるだろう。
アンドロマリウスの手はシェリルの腰元まで下りてきていた。髪をまとめ終わったシェリルも剥がそうと手を動かしている。
固定されていて身体が動かせなかった時とは違い、今は両手を動かす事ができる。そう思っていたシェリルだが、これを剥がすのは至難の業だった。
ちまちまと、小さな欠片を剥がしている様子にアンドロマリウスは彼女が一人でこの状況を変える事が不可能だという事を悟る。
このままではアホロテを誘導する事ができない。
彼が二手に分かれて行動する事を諦めた瞬間であった。
元々目的地までずっと二手でいられるとは考えていなかった。シェリルは人間だ。走っていては、いずれ体力が果てる事もあるだろう。それが早まっただけだ。
「シェリル、もう良い」
「え?」
アンドロマリウスはシェリルの手を止めさせ、彼女と大地を繋ぎ止めている粘液の固まりを強く殴った。
水たまりが凍り付いたような姿になっていたそれには、大きなひび割れができていた。
「お前が動けなくとも俺が何とかする」
「え、ちょっと」
シェリルを少しだけ持ち上げ、どの程度彼女の方についているのかを確認する。バリのようになっている部分だけを剥がして抱き上げた。
「これで問題ない」
「このままじゃ私あなたに頼らなければ移動できないわ!
二手に分かれられないじゃない」
「別れずにやれば良い」
シェリルは荷物になる気はないと騒ぎ出す。いつもの事である。
アンドロマリウスは彼女の言葉を無視し、翼を広げてアホロテの方へと飛び出した。
アホロテに追いつくなり、アンドロマリウスは彼らを誘導すべく目的の方向と反対側に小さな雷を打ち込んだ。アホロテが悲鳴を上げ、意図した方向へと突進する。
数匹のアホロテは雷を打ち込んだ存在への敵意を露わに振り返る。彼らはそれぞれ水鉄砲をアンドロマリウスめがけて撃ち始めた。
不規則的に放たれるそれらを器用に避けては反撃し、彼ら以外に群から離れそうな個体を見つけては威嚇する。アンドロマリウスからしてみれば、そう難しい事ではなかった。
シェリルが耳元で騒ぎ立てている事だって、彼のハンデにはならない。だが、翼を広げているとそれだけで的が大きくなる。
アンドロマリウスの不安要素はそれだけである。はずであった。
「マリウス、無理っ!」
アンドロマリウスは攻撃を避ける為、大胆な飛行を続けていた。そんな彼に、シェリルは唯一自由のきく両腕を最大限に使ってしがみついていたのである。
文句や悲鳴で大声を出し続けていたせいか、シェリルの声は嗄れていた。彼は一気に高度を下げて地に足を着けた。