アホロテ移動大作戦の穴
意を決してアンドロマリウスは牧羊犬のようにアホロテを誘導し始めた。方法は単純である。アホロテの行き先となるべき場所へ横穴を開け、彼らの周囲へと力を放つのだ。
アホロテを囲い込みながら移動させるという案は、二手に分かれた方が効率が良い。
アンドロマリウスが誘導させる横穴を掘り進め、シェリルは彼と手分けしてアホロテが追撃されていると錯覚するように仕向ける。そういう手はずになっていた。
シェリルをエブロージャ側へそっと降ろしたアンドロマリウスが、ユーメネ側に横穴を開け始めた。アンドロマリウスは先にユーメネを避けるようにして一直線上に穴を作っていった。
突然近くで穴ができれば、アホロテもそちらを警戒してしまうだろうという彼の考えである。
穴と穴の間にある壁はある程度の力を与えれば破壊できる程度の厚みがあった。もちろんアホロテの水鉄砲でも壁を破壊する事が可能だ。
自分が逃げる為に開ける穴が元の生息地に繋がっているという訳である。
横穴の作成は眷属任せだ。アンドロマリウスでは、ユーメネよりもカリス側である生息地まで点線のように横穴を作り続ける事は難しかった。
悪魔も天使も、生物として存在している限り、万能ではない。
この世界ではかなり物理的な要素を重要視して作られたらしく、距離が離れれば離れるほど、力の制御も難易度が上がる。
その一方、一定以上の距離を離れても力を行使し続けられる自分の分身ともいえる眷属であれば、静かに効率よく穴を穿ち続ける事が簡単にできるのだ。
アホロテが到達する少し前に横穴が完成していれば良い。そう眷属に命令したアンドロマリウスはシェリルに追い込み開始の合図をした。
アホロテは突然の攻撃を受け、混乱した。そしてあちこちへと水を吐き出した。アンドロマリウスはもちろん、シェリルもそれを避け、あるいは防いでは群から外れそうな個体の近くに力を放つ。
シェリルは持ってきていた符に一工夫をして、無駄に符を消費しないように使っている。アンドロマリウスは純粋な力の玉を適切な位置に投げていた。
最後尾の方を担当しているシェリルには、気をつけなければならない事があった。それは、アホロテに後戻りをさせない事である。アホロテも追撃者には容赦なかった。
シェリルは器用にこの役割をこなしていたが、長距離に渡るこの誘導作戦に体力の限界が訪れる。まだまだいけるとシェリルは確信していたのにも関わらず、である。
予想外に、アホロテの吐き出す水鉄砲が恐ろしい効果を持っていた。それは、ぬかるみのような足場の不安定さをもたらしたのだ。
「ひゃあっ」
足を滑らせたシェリルはそのまま滑り込むようにして倒れた。小さな波を起こした彼女へアンドロマリウスが視線を向ける。シェリルはアホロテの吐き出した水をかぶって濡れていた。
アホロテがシェリルに狙いを定めている。彼はシェリルの前に盾を作り、どさくさに紛れて別の場所を穿とうとしているアホロテの目の前に小さな爆発を生み出した。
方向を変えて吐き出したアホロテは、そのまま正しい横穴へと続く壁を破壊する。新たに現れた空間へ、逃げ道を見つけたと言わんばかりにアホロテの群が進み始めたのだった。
次の壁へ到達するまでには少し時間がある。アンドロマリウスは倒れ込んだままで立ち上がらないシェリルの様子を見に行った。
彼が近付くと、シェリルは頭を上げた。
彼女の表情は絶望に打ちひしがれたかのようで、思わず立ち止まる。
「マリウス、これまずいわ」
「どうした」
シェリルは立ち上がろうと両手を地につけ、力を入れた。その途端、その両手つるりと滑る。
べしゃりとシェリルは胴体を地面に打ち付けた。
「すごく滑るのよ。
私、立てなくなっちゃった」
シェリルがうっとうしそうに両腕を上げれば、ねっとりとした粘度のある透明な液体が袖のように垂れ下がったのだった。