プロケルのアホロテが嫌いな理由
プロケルが指をすっと動かした。
「まず一つ目、アホロテは水を無駄遣いする事が好きだという事」
「まさか」
アンドレアルフスの声に彼はきゅっと口元を上げた。
「水がないと生きていけないのは、だいたいの生物に当てはまる。
彼らとて例外ではないんだ。
アホロテが砂漠に住んでいるのは、砂漠を好んでいるのではない。彼らが住むと砂漠になってしまうだけさ」
アンドレアルフスはその話を聞いてユーメネにできた砂漠を思い起こす。よくよく考えてみれば、あの砂漠は最初から砂漠であった訳ではない。
アンドレアルフスがあの世界で過ごすようになってからできた、比較的新しい砂漠だ。
その砂漠化がアホロテの影響だったと言われても否定する要素はなかった。砂漠となった時、突然豊かな土地が枯れていった為に「密かに他国からの侵略作戦が行われているのではないか」という噂が流れていたものだ。
それ故に、砂漠の中でずっと水が湧き続けるエブロージャが恵まれた地と呼ばれるに値する価値が出たのである。
アンドレアルフスが現れてから暫くは天界からのちょっかいもあり、人間の気が付かないレベルで小競り合いを繰り返していた。
アンドロマリウスがロネヴェを倒してからはそういう小競り合いがなくなったが、それまでエブロージャが「水と植物の街」と言われていたのはそのせいだ。
アホロテも他の動物と同様にその危険を察知してエブロージャを望めども、枯れ果てた地から移動できなかったのかもしれない。
「アホロテの意外にすごい所が砂漠化を成し遂げる訳だけれど。
要するに、彼らは水を呼び寄せる術だけ使えるんだ」
「何だって?」
アンドレアルフスは驚いのあまり目を見開いた。
「どう身につけたのかは知らないよ。私はアホロテの研究をしている訳ではないからね。
でも、術式を展開する事は確かだ」
アンドレアルフスはプロケルの情報を信用する事にした。現にシェリルとアンドロマリウスが水が不足したエブロージャを何とかする為にアホロテと対峙しているのだから。
「二つ目は彼らが吸収した水は、アホロテの体液に準ずる物に変わってしまうという事。
だからアホロテに飲んだ水を吐けと言っても、使い物にならないのだ。
本当に勿体ない事をする」
プロケルは綺麗な水を好む。それだけに、必要以上に水を使い、汚染させる生き物が許せないのだろう。
「三つ目は、私が単純に、そのアホロテの吐き出す液体が嫌いでね……」
「ほう」
プロケルは忌々しい物を思い出すかのように、両肩を抱いた。珍しく嫌悪感を表に出し、しかも苦手であると言わんばかりの様子である。興味深くアンドレアルフスは彼の次の言葉を待った。
「ねっとりして、べとべとするんだ。なのに、つるつると滑る。
気持ち悪いと思わないかい?
しかも、乾燥すると強固になり、鍾乳石のような艶のある物質になるから、乾燥する前に液体――むしろ粘液とでも言おうか。
これを落とさなければ動きを止められてしまう」
小さく身震いし、プロケルは口を閉じた。
「厄介なのだけは分かった。
あと、シェリル達が今どういう状況なのか何となく把握できた」
べとべととしているあれは、アホロテの吐き出した粘液だったのだ。
そりゃ、アホロテの口から吐き出された液体があんなものだったら嫌な顔にもなるし、アンドロマリウスが一滴もシェリルについてしまわないように配慮するのも分かる。彼は心の中で彼らに同情の言葉をかけた。
こちら側に戻らなかったとしても、あの場所にだけはアンドレアルフスは行きたいと思えなかった。
「何。シェリルとアンドロマリウスはアホロテの巣にいるのかい?
あんな気持ち悪い場所によくいられるね……」
想像したのか、プロケルは水の中に顔を半分潜らせる。猫のような釣り目だけがアンドレアルフスを睨んでいた。
「アホロテが孵化したら、より一層気持ち悪くなるよ。
君の美的感覚は私に近いと理解している。
だから、忠告してあげよう。見てはいけない」
「あ、ああ……そうか……止めておこう」
アンドレアルフスは、真剣な眼差しのプロケルにそう言うしかなかった。実際に見続けるかは、もう少しプロケルから話を聞きだしてから決めようと考えながら。