想定外な能力と追い出し作戦
「ちょっと、ちょっと、何なのこれ……っ!」
シェリルのかすれ声が小さく響く。シェリルはアンドロマリウスに担ぎ上げられたまま、悲鳴ともとれる声を漏らしていた。
「少し黙れ」
「いや、これ、あぐっ」
がちんと歯のぶつかる音がし、音を出した当人であるシェリルは口を閉ざした。
アンドロマリウスは翼を畳んでアホロテの攻撃を器用に避けていた。こうなったのは、これ以上エブロージャ周辺の水をこの場所に集めさせないようにする為の作戦の一つであった。
水位が下がり、勝ち残ったアホロテの幼体が見えていたが、アンドロマリウスの鋭い目はその水位が少しずつ上がっていくのを捉えていた。
自然と水位が上がっていくのであれば、諦めもつく。アンドロマリウスが水位の事をシェリルに伝えた時、シェリルは違う事に気が付いていた。
術式の存在である。幼体と幼体の間に微かな光を見つけたのだ。
シェリルの指摘に、アンドロマリウスはその術式を引っ張って虚空に再現する。そこには、知能が低いとされているアホロテらしからぬものが描かれていた。
その術式はシェリルがクロマに縫い付けている、水分を自在に操るものに似ている。強いて言うならば、シェリルの術式は吸い寄せる水分の最大量が決まっているのに対して、この術式は制限を設けていない。
つまり、近くの水分をあるだけ引き寄せるものだ。
また、シェリルの術式は「空気中の水分」としているが、この術式は「地中の水分」となっている。その為、地面となっている部分に術式を展開すれば、そこから繋がっている地中の水分を必要なだけ用意する事ができるのだ。
もちろん満足のいく量になった時に術式を壊せば水の呼び寄せは終わる。
だが、最初に見た地底湖を作った時点でエブロージャの水が湧かなくなってしまった事を鑑みれば、もう一度同じ規模の湖を作ったら本当にエブロージャ周辺の水は枯れ果ててしまう。
集められた水が再利用できればまだ良い。先ほどのアホロテの行動からすると、その可能性は低いだろう。
一度枯れ果てた大地に、水を取り戻す事は難しい。見えなくとも、元々そこにあるからこそ循環できるのだ。
この循環の輪を壊してしまえば、エブロージャはエブロージャでなくなってしまう。
それだけはどうしても防がなければならない。シェリルとアンドロマリウスの考えは同じだった。
まずは水を集める術式だけを破壊。次にエブロージャからアホロテを遠ざけ、元の縄張りまで戻す。
前者は簡単だが後者はそうはいかない。二人とアホロテの距離が離れれば、エブロージャに居座ろうとするだろうし、何よりも元の縄張りまでが遠い。
うまく誘導しなければならないのだ。誘導する方法は一般的に二つある。単純な事だ。追いかけさせる事と追いかける事だ。
今回、追いかけさせる方は無理に等しいだろう。なぜならば、アホロテが守護する側だからである。
守るべき存在があり、また起点となる場所があるならば、その場所から一定以上離れれば防衛成功となる。それ以上はアホロテも動かないだろう。
つまり、こちらがアホロテを追うしかない。だがこれはこれで難しい。大群を二人で追い込むのだ。無駄な殺生をせずにアホロテを対処するとシェリルが決めた以上、見せしめにアホロテの幼体を仕留める事はできない。
恐怖を与えるのが難しいのだ。そこでアンドロマリウスが考えたのは、この場を混乱させる事だった。
アンドロマリウスが考え直したのは、こうである。
まずは術式を破壊する。そしてシェリルと二手に分かれてアホロテの気を引く。うまく引きつける事ができたら、接近してくるアホロテには少しだけ痛い目に遭ってもらう。
それを繰り返す内に、絶対に適わない相手に嬲られているという感覚をアホロテに覚えさせ、逃げるという手段を選ばせようという算段である。
これは無駄な動きが多くなり、手間もかかる。それでもアンドロマリウスはこの手段を選んだ。
だが、一つ。誤算があったのだ。それはこの洞窟内を濡らすアホロテの吐いた水である。
そしてその事がシェリルの悲鳴へと繋がっていくのであった。