アホロテへの思い
アホロテの幼体は親に食われ、兄弟と殺し合い、共食いを繰り返している。シェリルはもちろんアンドロマリウスもまた、その行動に釘付けとなっていた。
成体は水を吐く事を止め、弱い個体を処分する事も止め、ただ湖で戦い続ける子供達を見つめている。
視力がないとはいえ、アホロテの身体は湖の方に向いたままだ。
彼らの背中越しに子供の揉め事を見ている二人は、親に見守られて殺し合いをするというこのアホロテの生き物としての恐ろしさを複雑な思いで見守っていたのだった。
「そろそろ終わりのようだ」
「……」
シェリルは静かに頷いた。アホロテの鳴き声や雄叫びにも似た悲鳴、水の跳ねる音、あらゆる音のボリュームが下がっていく。湖にあった水のほとんどがなくなり、大きなクレーターとなっていた。
そのクレーターの中には、数十匹に減ったアホロテの姿があった。
「ユーメネより向こう側にいるはずのアホロテ、これからどんな動きをするのかしら……?」
「戻るか、居座るかは俺にも分からん」
孵化して最初の段階を終えたと思われるアホロテを、これから育っていく課程でどのような行動を起こすのか、アンドロマリウスは知らない。
それはシェリルも同様であるが、無意味に命を奪う程冷酷ではなかった。
以前アホロテと対峙した時は普通の人間だと思っていたリリアンヌを守りきる為、全ての牙を破壊した。今回はアホロテによる犠牲はあったものの、それは産卵の為のものであり、自然界で起こり得る出来事の一つである。
このまま街に進む事がなければ、ミャクスを暫く保護し、アホロテが去るまで監視すれば良い。
それと平行して水脈の乱れを直す必要はあるが、この地底湖がただの窪みとなった今、街に水が戻ってきている可能性もある。
「前、アホロテの群れを殺しちゃったから、今回は何事もなく終わらせたいわ」
「あまり生態系を乱すべきでもないしな。
俺はどちらでも構わんが、お前の意志を尊重する」
シェリルは目を閉じた。生態系を乱す、という彼の言葉で前回の虐殺ともとれるあの出来事を思い返した。シェリルには”リリアンヌを守る為”という免罪符を手に、必要以上に力をふるわせてしまった自覚があった。
悪魔の威嚇でどうにか退ける事もできたかもしれない。だが、そうしなかった自分を今更ながらに悔いていた。
「……できる限り、生き物は自然の姿でいるべきだわ。
なるべく介入しないで済むようにしましょう」
シェリル達は、目の前にいるアホロテをうまくエブロージャから遠ざけるという難しい任務を自らに課したのだった。
それはシェリルの心の中にある、力を手に入れたからには行使してみたいという欲が必要以上の殺戮を呼び込んだと彼女自身が考えているからこそである。
アンドロマリウスはそんなシェリルの感情の波を見て取ったが、否定も肯定もしない。ただ受け止めるだけだった。
「命を大切にし、調和を保とうとする事は難しい。
やりがいがあるな」
「……うん」
シェリルはアンドレアルフスの策略であった事を知らないのだ。実の所、あの出来事はアンドレアルフスの誘導によって引き起こされたリリアンヌへの挑戦状であった。
アンドレアルフスは試さずにはいられない。それが自分の周りを構成する者であれば、一層。
アホロテの群れを生け贄にリリアンヌを試したという事を彼女に教えないのは、命を大切に思うシェリルの心を守り、かつアンドレアルフスの心証を悪くしない為の優しさであった。