アホロテが多産の理由
アホロテの子供は次々と湖の中へと消えていく。親は未だに水をあちこちへと撒き散らしていた。
「アホロテの卵の多さがずっと頭の片隅にひっかかっていたんだが……」
アンドロマリウスの低い声がシェリルの耳に届いた。一切の物音を立てぬようにしていた二人であったが、それを先に破った悪魔へシェリルは違和感を覚える。
「多産とは、生存率を上げる為の手段の一つだ」
「――一般的に、生存率の低い種族は多産の傾向があるものね」
「あれが生存率が低い生き物だと思うか?」
「思わない」
シェリルは嫌な予感がした。これから良くない事が起きる。そんな気がしたのである。そんなシェリルとは裏腹に、アンドロマリウスの方は溜息を吐いていた。
彼は深刻そうな顔というよりも、心底うんざりしたような表情のままである。
「この手の生き物は――いや、見ていれば俺の読みが正しいのが分かるだろう」
「え?」
口にするのも嫌なのか、アンドロマリウスは顔をしかめている。シェリルは己の拳ほどもない小さなアホロテの大移動を見つめていた。
アンドロマリウスからは、緊張した気配は感じられない。
どうやらシェリルの違和感はただの思い過ごしだったようだ。
「シェリル、見るべきは湖だ」
彼の言葉に湖を見れば、地底湖の水面をびちびちと跳ねる幼体の姿があった。
それも、数匹ではない。地底湖から溢れんばかりに幼体が集まってきているのである。
地底湖の水位は一定で、溢れてはいない。どうやら成体の水かけは湖の水位を下げる役割も果たしていたようだ。
水が減った分、幼体が収まるという訳だ。
そんな中、成体の一部が放水を止めて湖へと移動している幼体の動向を気にし始めた。
シェリルはその動きが気になり視線をずらす。よく見てみると、幼体を銜えては湖に投げている。だが、一部の個体を補食しているようにも見えた。弱い個体を淘汰しているのだろうか。
そんな時、アンドロマリウスの言葉が頭に蘇る。多産の理由である。
生存率の低い個体が多産の傾向にあるが、この種族は弱い個体を自ら間引きする。つまり、自分達の手で減少させる事を想定した多産――そういう事ではないだろうか。
ここまでくれば、アンドロマリウスがうんざりとする理由も分かるというものだ。シェリルも溜息を吐いた。
「お前が思っている以上、だ。
湖をよく見てみろ」
「……」
彼に誘導されるがまま、湖に集まっているアホロテの幼体を見る。孵化した幼体がどんどん集中しているにも関わらず、先ほどとは大差ないように見えた。
むしろ、減っているようにすら見える。
「まさか!」
シェリルの言葉にアンドロマリウスは頷いた。
「一定数に減るまで戦いは続くらしい。
互いに捕食していく内に、成長が促進する仕組みだな。
生まれて間もないはずなのに鱗がしっかりとした個体がちらほら見える」
「ごめん、そこまではさすがに見えないわ」
「ああ……時間切れだったか」
アンドロマリウスは彼女にかけた術が解けてしまっていた事を失念していたらしい。そっと目を覆い、術をかけ直した。
再び視界が開けたシェリルは湖の中で起きている事をしっかりと目にし、自主的に目を閉じた。
「マリウス」
「何だ」
シェリルは眉間にしわを寄せ、目を閉じたまま声をかけた。
「――あまり見たい光景じゃなかったわ」
「……すまん」
幼体の鱗の状況までしっかりと見えるようになったシェリルは、残虐極まりない共食いも見えるようになってしまった。
水中でもがき苦しむ弱い幼体が強い幼体に食いちぎられ、藻屑のように消えていく光景が目に焼きついたのである。
残虐な光景は長い間生きていれば見る事もある。普通の人間よりは耐性のあるシェリルであるが、積極的に見たい訳ではない。
アンドロマリウスは、さすがに配慮が足りなかったと、素直に謝罪したのだった。