アホロテの孵化
ぽちゃん。小さなしぶきを上げて地底湖にも粘液の欠片が落ちてきている。そうしている内に、ぱらぱらと粘液の欠片の他に奇妙な丸い物が落ちてきた。
いつの間にか二人の頭上にはアンドロマリウスが作り出した薄い膜が張られている。
ぽとぽとと小さな音を立てながら、その膜の上に落下してきたものを見上げ、二人はげんなりとした。
「……」
「……孵化した幼体だな」
「――言われなくても、それくらい分かるわよ」
かなりの高さから落下しているアホロテの幼体だが、見た目に反して頑丈らしい。丸くなって衝撃を耐えた彼らは、大人顔負けの姿で移動し始めた。
目的の場所があるらしく、それぞれ小さな身体を駆使して同じ方向へと移動していた。
「幼体は、もしかしたら水棲の生き物かもしれない」
「え?」
アンドロマリウスが膜の上にいる個体の小さな手を指さした。小さくて分かりにくいが、水掻きのような膜が指と指の間に存在している。
「でもそれなら水中に生めばいいのに」
脳内へと語りかけてくる悪魔に、シェリルは反論した。
この小ささでは移動している間に干からびてしまう。
そもそも、この水掻きはあまりにも小さすぎる。移動中に破けてしまうのではないだろうか。
「それについては、親を見ていれば解決しそうだな」
「やだ、嘘でしょ……」
アホロテの成体が子供の孵化にあわせて動き出していた。それぞれ頭を地底湖につけている。シェリルは一瞬の内に、何が起きるか想像した。
自分の思っていた事を強制的に解決させるとしたら、と思いついたものは少ない。
彼女が自分の考えに拒絶反応を起こしていると、アンドロマリウスがシェリルをさっと抱き上げて静かに飛び立った。
アホロテは一斉に頭を上げて身体をくねらせるようにして体を反らした。
ただそれだけだったら不思議な動きをしているだけで良いのだが、そんな彼らの口からは地底湖の水と思われるものが吹き出されている。
噴水のような美しい弧を描きながら、勢いのよい水鉄砲が周囲を襲った。水圧が強すぎる個体もいるらしい。
勢いよく天井にぶつかった水によって硬化した粘液は崩れ、その亀裂からまだ濡れていない砂がさらさらと流れ落ちてきた。
それはすぐに他のアホロテが吹き出した水によって濡らされ、固まった。普通の水にはできない技である。
「……ただの水ではなさそうだな」
「マリウスの保護があって良かったわ」
アンドロマリウスの作り出した膜によって、二人は濡れずに済んでいた。ただ、アホロテの吹き出した液体が膜を濡らしていて視界は悪い。
少しずつ分かっていくアホロテの生態に、二人は手出しできずにいた。
現時点で分かっている事がいくつか増えた。
アホロテが地下水の豊富なエブロージャを目当てに現れた事。アホロテは卵生であり、その幼体は水棲に近い生き物で、親が水をかけ続ける事によって生きながらえる事。
目の前にある、アホロテに囲まれた大きな地底湖の水は、おそらく人間が利用できるようなものではなくなっている事。
一番最後の、「この地底湖の水は人間には使えない」という点が、シェリルの頭を悩ませた。
アホロテがただ繁殖地に選んで、地下に篭って子守をしているだけならば良い。だが、水が使えない状態が続くのは困る。
何らかの手だてを講じなければ、エブロージャは枯れ果ててしまう。だがその前に、一つだけ解明をしなければならない事があった。
この地底湖の水は、どうやって集められているのか――である。
掘ったら湧いた。ただそれだけではないだろう。エブロージャの水がどこかに行ってしまったのだ。水を引き込む何かがあるに決まっている。
そこを調べたい所だが、アホロテの放水はまだ続いており、びしょびしょになった地面は、アホロテの幼体が滑るようにして移動していて異様な光景になっている。
いちいち気力を削いでくるこの環境に、シェリルは溜息を吐いたのだった。