ゼロではない可能性に賭ける
アンドロマリウスが大地に額をつけてから数分が経った。彼はおもむろに立ち上がると、首を横に振る。
「問題のありそうな大きな何かは見あたらなかった」
「そんな……」
明らかに気を落とすシェリルに、悪魔は一つだけ補足した。
「無関係だと思うが、ミャクスとアホロテが近くにいた」
「ミャクス……?
それに、アホロテ?」
「そうだ。
主なる生息地から移動してきたとしても、どちらの種族ももう少し人里離れた土地を住処としているはずなんだが」
二人は首を捻った。
ミャクスとは、犬と猫の中間のような生き物で、高い知能を持っている。子猫ほどの大きさで大人になる種や、大型の肉食獣と違わぬ大きさになる種もある。
共通しているのは、普通の動物と比較して抜きんでて頭が良いという事と、基本的に雑食である事、見た目が比較的猫に近い事が挙げられる。
一見して猫の方が似ているように感じられるかもしれないが、基本的に群で生活する点が犬の生態にも似ている。
また、世界のあちこちに散らばっている為、全ての種を把握する事は難しい。
そういう事もあり、生息地に合わせて順応していった知性の高い、それらの種族をミャクスと呼んでいる。
ミャクスは殆どが人間とは離れて生活している。ディサレシアの襲撃にあったミャクスは人間と共同生活を送っていたが、これは例外である。
また、ミャクスの言語能力は人間のそれを超えており、人間の言語すら学習して理解する事は可能のようだ。それに比べて人間は犬猫の鳴き声、豚の鳴き声の区別はできるがそれだけである。
人間は音を区別できるだけで、内容を言語として理解できないのだ。人間が彼らほどの言語能力を持っていたら、共に生活していたかもしれない。
残念な事に、人間はその能力を持っていなかった。
対話ができる知能があるという点では、アンドロマリウス経由でミャクスから何かを聞き出せるかもしれない。
ミャクスが移動するには理由がある。ディサレシアの一件で、シェリルはそう考えていた。
一方アホロテはあまり知能は発達していない。彼らはミミズのような体にトカゲのような頭を持ち、モグラのような手を持って砂漠の砂を器用にかき分けて生活している。
その大きさは拳ほどの小ささから優に家を飲み込めるほどの大きさまで様々である。
若い個体の体液は透明感のある赤い色をしているが、年を取るにつれてどんどん濁っていく。それは補食した獲物の体液を自らの体液とするからである、と言われている。
単純な生き物であるとも言われている通り、ある程度長生きしている個体の血液の臭いを感じ取れば、臭いの元は危険だと察知して距離を取る。
以前、アンドレアルフスがシェリル達と共にカリスへと向かう際、アホロテ除けに血を吸った砂を持ち歩いていた事があった。
実際、効果は絶大であった。
シェリルのアホロテに関する知識はこれだけである。だから、わざわざ襲われやすい人里近くにいるのが分からない。だが、人間がアホロテに襲われたという話も聞いていない。
アンドロマリウスに視線を投げかければ彼も分からないようで、再び首を横に振った。
「不可解な行動をしている彼らが原因って可能性は……」
「――ゼロではない事は確かだな」
シェリルは気が向かなかった。ミャクスは話が分かる種族だと認識しているが、アホロテに対しては苦手意識――というのが正しいのかシェリルには判断できなかった――がある。
結構な昔、大量殺戮を悪魔達にさせてしまった身としては、何となく罪悪感やバラバラに分解された姿を見てしまったという過去を思い出させる為、アホロテに近づきがたいのである。
それでも今、この街に何が起きているのか、シェリルには確かめる義務がある。
「ゼロではないなら行くしかない、か……」
シェリルは溜息を漏らすのだった。