アンドレアルフスの無駄な心配
アンドレアルフスはその後、いくつか質問して状況と自分の推測の擦り合わせをしていった。大きな何かがある可能性として考えられるのが、天使からのちょっかいである。
誰なのか、と特定する事は最初から考えていなかった。防ぐ事、もしくは撤退させる事ができれば良いのだ。
相手を把握しておく事は、本当ならば重要な事である。しかし、今までの経験からそれが難しい事は実感済みだ。
それに、ディサレシアをこっそりと移動させ、シェリルのいる世界へちょっかいを出す予行練習をしていたような存在だ。簡単にしっぽを掴ませてくれるとは思えない。
プロケルとの会話で分かった事は天使が関わっているかという点については、微妙な所だという事だった。微妙、というのは、ほぼ天使が関わっているが、実際に対峙するのは天使ではない可能性がある、という結論をアンドレアルフスが導き出したからだ。
今までも、天使達は直接ではなく人間を使ってシェリルへと接触してきていただけあって、その考えは半分納得がいく。
残りの半分は、今までのプロケルであれば、「黒幕は天使」と口にするなりしていたはずだ、という事である。今回は濁していた。
さらっと口にするには微妙な事情がプロケルにあるのかもしれない。
その他に知りたかったのは、世界の現状である。天界も魔界も特にシェリルに対する何かを仕掛けようという動きは見られていない事が分かった。
こればかりはアンドレアルフスはほっと息を吐く。世界的にシェリルへの処分を、という風潮が出てしまっていたら大事になる。
天界の方は、放っておく方が一番平和、という流れができつつあるようだ。逆に魔界の方は、ロネヴェやアンドロマリウスは惜しかったが、天使とやりあっている面白い人間いう評価も出てきているらしく、どちらかと言えば追い風にも感じられる。
ただ、アンドロマリウスを拘束している点については、早くどうにかしたいという声があり、それをプロケルの口から聞いている最中はアンドレアルフスとしては気が気でなかった。
とはいえ、アンドロマリウスとシェリルの繋がりを切る方法は、今の所ないに等しい。
術者であるシェリルが術式を行使した時以上の力でもって破棄するのが一番安全だが、それが一番難しいのである。
シェリルがロネヴェの存在を消費して行使した術である。いくら核を取り除かれていたとはいえ、純粋な悪魔は純粋な悪魔。自然発生した貴重な個体だという事もあり、元々力の大きい奴だった。
そこそこの力を持つ存在と契約した上で行使するか、そういった存在を生け贄にしなければ、その力を越えられない。
シェリルはこれ以上、力ある存在と契約はできないし、そこそこの存在が自ら生け贄になるとは考えられない。可能は可能でも、不可能に近い可能であった。
それに、そもそもアンドロマリウスを解放する為に自分が犠牲になる、もしくは生け贄をつれてくる、という悪魔はいないだろう。リスクが高く、手間である上に、魔界の戒律に引っかかる可能性も高い。
手っ取り早くアンドロマリウスごと切り捨てて、他の悪魔にアンドロマリウスとロネヴェの核を持たせる手もあるが、それは戒律的には完全にアウトである。
戒律のできる前であれば有り得たかもしれないが、今はあり得ないのだ。そう、アンドレアルフスの動揺は、全くの無意味であったのだ。
冷静に思考しているつもりで冷静さを失ってしまっていた。恥ずかしさのあまりアンドレアルフスは頬を染めてしまいそうだった。
長い間沈黙するアンドレアルフスをプロケルは珍しい事もあるようだ、とおもしろ半分で待っていてくれた。それに気が付き、いっそう恥ずかしく感じる。
どうにか表面にその感情が出ていかないように封じていると、プロケルが恥ずかしいという感情を吹き飛ばす言葉を口にした。
「今だから言うけれど、 というものは、私達悪魔よりも時に残酷な生き物だ。君も気をつけると良い」
「何だって?」
「はい、これで話はおしまい。
君は自分の仕事も残っているはずだよ」
畳み掛けるように言われ、アンドレアルフスは渋々と部屋を出るしかなった。