美貌侯の思慕
「何だ、必死に這いずろうとしている俺が面白いか?」
「いいや、私はね。
君がそうして誰かを守ろうとして堅実に動いているのが初めての事だから気にしているのだよ」
プロケルはアンドレアルフスに顔を寄せ、爛々と輝かせた瞳で彼を見上げた。
「今まで君が大切に思っていた者等は並列の存在だったからね。
それより下位の、人間に毛が生えた程度の召喚術士を気にかけているのだから大変だ。
どうせ報われない未来になるだろうと分かっているのでしょう?」
二つの核を持つプロケルの存在は強い。アンドレアルフスの本来の気質や核の影響を全く受け付けないのだ。
正直、魔界の物差しで言えばアンドレアルフスの方がアンドロマリウスよりも能力的には高い。だが、プロケルは同等であり、もしかしたらプロケルの方が上かもしれない。
「良いんだ。彼女はやっと俺が見つけたお姫様だから」
「ふぅん……」
プロケルはアンドレアルフスの内面まで暴いてしまいそうなくらいに彼の瞳を覗いている。少しだけ、アンドレアルフスは危機感を覚えた。
別に嘘はついていない。欲を言えば選ばれたいとは思う。しかし初めからもう方向は決まっているし、正直に言えば、自分と一緒になる事が自然だとは思えないのだ。
彼女の自然を引き出すのはロネヴェでもアンドレアルフスでもなく、アンドロマリウスだ。
長い間生きていればそういう事はあるだろうし、これから先により情熱を傾ける相手が現れないとも限らない。
ただ、そう思っているからといって、今、シェリルを守る為に必死にならないのは間違っている。自分の気持ちへの裏切りでもあるし、何よりロネヴェへの贖いにもならない。
私情抜きに決めたのだ。何があってもシェリルを守ると。それは肉体的にも精神的にも、という意味である。
アンドレアルフスは、シェリルにとっての、宿木になりたいのだ。ロネヴェとアンドロマリウスとの間で悩み、逃げたい時の支えになるだけで良い。
そして、アンドロマリウスだけではどうしようもない時の、彼女が使える切札でありたい。
だから、シェリルは“俺のお姫様”なのだ。
この気持ちがプロケルに知られても困る事は何もない。好きな存在を手に入れずとも構わないとの考えを批判されても気にしない。
だが、覗き込まれる事で感じるこの不快感は、なるほど他の悪魔や人間が発狂したくなる原因になっても文句は言えない。
ふつふつと、得体の知れぬ不安感が沸き上がってさえくる気がする。アンドレアルフスは動揺しかけた自分を心の中で叱咤する。
気を持ち直せば、プロケルがにこにこと楽しそうに彼を見つめているのが分かった。
「私の知っているアンドレアルフスよりも、今の君の方が良い。
アンドレ、聞きたい事があるならば協力してあげよう」
プロケルはそう言うなり、席を立った。すぐに戻ってきた彼の手元には小さめの水鏡があった。持ち手が両側についている三足で流線状のモチーフに彫られており、装飾性の高いものである。
アンドレアルフスの目の前に置き、片手をかざす。水面は揺れていないのに、水面に映り込んでいるアンドレアルフスの顔が歪む。
アンドレアルフスが借り受ける水鏡にシェリルの様子を映し出す時もそうだった。
彼が新しい水鏡に何かを映し出そうとしている。何を映すのか、と水面を見つめていると横から声をかけられた。
「何が知りたいのかな」
それは挑戦的な、アンドレアルフスを試すような一言であった。