アンドレアルフスの算段
アンドロマリウスはシェリルが自らの能力を進化させていく事を邪魔しなかった。ただ、あまりにも一人で無茶な事をしようとしていれば付き合うし、彼女の足として移動する事もあった。
それはロネヴェが行っていた彼女の行動制御とはまた異とする寄り添い方である。
アンドレアルフスとの交流を否定する事もなく、むしろ肯定していたのも大きな違いである。
アンドレアルフスは、シェリルの望みを叶える為、召喚術というこの世界での定義を越えた知識を与え続けた。
それは魔力の使い方であり、掴み方であり、術式に関わる文言であったりと様々である。
その知識は魔術師に通ずるものである部分も少なくはない。
アンドレアルフスの与えた知識で一番大きなものは空間の捉え方である。それは召喚術を応用したものであるように見えて、その実、魔術そのものであった。
それ以来、シェリルの術式に変化が現れ、結果として「召喚術士であり魔術師のような」シェリルとなった訳である。
水鏡を親友に見せながら、プロケルは彼の視線の先に存在する人間について考察していた。
隣で真剣に水鏡を見ている男は自分とは真逆の、黄金の太陽のような髪を緩く結い上げている。
華やかな美しさと単純に言ってしまえばそれまでだが、雄々しさを秘めた横顔は純粋な悪魔の貴族ゆえなのか、アンドレアルフスの核を保有している影響なのか、プロケルには分からなかった。
アンドレアルフスは魔界へ戻るなり、真っ直ぐにプロケルの城を目指した。自分の城へ戻らずに寄り道をしたのには理由がある。
城へ戻ってしまえば、溜まっている仕事をある程度整理するまで外出できなくなる。そう予想していたからであった。
アンドレアルフスはまず、現時点での情報を集めたかったのだ。意味深な発言を幻影がしたという事は、幻影をシェリルのもとへ送り込む前にプロケル本人がその情報を得ていたという事である。
プロケルが持っているであろう情報を得たいと考えるのも自然な事であった。
それとは別に、プロケルの趣味である異世界の覗き見をシェリル中心にしてもらい、彼女の様子を見られるようにしたいというのもあった。
偶然にも時間の進み方は魔界とシェリルのいる世界は同じである。プロケルにいつでも見れる水鏡を作ってもらい、借りる事ができればこちらにいても何かあれば動く事が可能だ。
アンドロマリウスがいるとはいえ、何かがあった場合に出遅れたくはないのだ。
それは、シェリルの為と言うよりも、死なない程度に彼女を守るのは自分のお姫様なのだから当然であるという気持ちが大半である。
残りは、アンドレアルフスが彼女を“自分のお姫様”と主張するからにはアンドロマリウスに負けていられない、という半ば意地のような、自分の欲のような、自分本位の事情からである。
プロケルは水鏡の件を聞くと、二つ返事でアンドレアルフへと水鏡を渡してきた。それはアンドレアルフスの腕でかろうじて抱えられるくらいに大きい。
持ち帰るのは少々骨がかかりそうだった。
ひとまず使い方を教えてもらいながら、シェリルが見れるように調整してもらう。プロケルが調整してしまえば、使い方は簡単だった。
ただ、力を注げば良いのだ。実に単純で良い。試しに、とプロケルが映してきたシェリルの映像をまじまじと見つめる。
自分でも使ってみると、本当に簡単だ。使いやすさに感心していると、プロケルからの注意が入る。どうやらこの水鏡、プロケルの作った特殊な水を張っているようだ。
水鏡をひっくり返したりして、中の水を失うと、普通の水を足しても駄目になってしまうのだという。
彼の見た目と同様、繊細な作りのようであった。彼が持つのはガラス細工のような透明感のある雰囲気に、銀細工のように作り込まれた冷たい美しさだ。
琥珀色の眼球を嵌め込んだ目尻はきゅっと控えめに釣り上がり、気品の高い猫を思わせる。本人も猫のように好奇心旺盛で、よく他の世界を覗き見している。
今の興味は己にあるようだ。そうアンドレアルフスは気付く。プロケルがじっとこちらを見ていたのに気が付いたからであった。
2018.11.3 誤字修正