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贖う者  作者: 魚野れん
第十四章 因縁の血族
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クスエルの夢が醒める時

 アンドレアルフスはきゅっと口角を上げて目を細めた。ありもしない傷口から力が抜けていくような錯覚を覚えながら、腹に力を込める。これだから天使は嫌いだ。あえて溜息のように息を吐いた。


「シェリルは俺のお姫様だ。

 彼女の平穏を守るのは俺の役割なんで、もう間に合ってる」

 クスエルがゆるゆると首を振る。この言葉で引き下がるとは思っていないアンドレアルフスは言葉を続けていく。


「シェリル自身もそう望んでいる。

 マリウスが彼女に付き従い、守る事と俺が彼女に寄り添い、守る事をな。

 俺達は、シェリルがそう望んでいる限り、そのようにしか動かない」


 落ち着いたらしいシェリルがアンドロマリウスに肩を抱き支えられながらゆっくりとクスエル達の方へ歩き始めていた。

 二人がアンドレアルフスの隣、クスエルの目の前で立ち止まるまで待つ。

「シェリルの平穏を奪っているのは――クスエル。

 あんたの方なんだよ」


 アンドレアルフスはシェリルの手を取ってその甲へと口付ける。

 従順な口付けを受け取ったシェリルの方は、アンドロマリウスに支えられたまま、空いている手で胸元へと刻まれた術式を露わにする。


 術式は穏やかな光を発し、安定して術が働いているのが分かる。

 その胸元を見たクスエルの表情は一瞬で凍りついた。


「彼女を傷つけるなんて……」


 そう呟く彼の唇はわなわなと震えている。「平穏であれ」と天使として純粋に願っているのだとしたら、これは由々しき事態なのであろう。

 流血させたのだ。天使のいう普通の平穏に「流血」という言葉は載っていないはずだ。


 もしくは彼女が術式の核となる為に、術式を刻み込まれたと見えるのかもしれない。

 いずれにしろ、大切な誰かを守り抜く為には手段を選ばない、というシェリルの思いを考慮した言葉ではないのは確かであった。


「シェリルの希望を汲んで、俺が傷をつけた。

 それを受け止められないっつーのは、この召喚術士を守りたいという夢でも見てるんじゃねぇか?

 守りたいなら、シェリルの厚い信頼、彼女の強い意志を尊重する覚悟、少なくともこの両方が必要だ。

 でもあんたには、どっちも足りねぇみたいだしよ」


 アンドレアルフスはそっとシェリルの手を放した。クスエルの視線はシェリルの術式へと向かったままで、気付いた気配はない。


「私は、ただ、召喚術士の安寧の為に」

「あの空間へ閉じ込めるのが目的だったの?」


 シェリルの言葉かけにクスエルの視線が動いた。蒼白な顔から一転し、蕩けるような笑みを浮かべて、にこやかに言う。


「そうだ。だって私の空間が一番安全だろう?

 私は悪魔二体を相手取って戦うほど愚かではない。

 平和的に解決させ、それから肉体も魂も部屋へと招待させようと考えていた」


 クスエルがアンドロマリウスを消耗戦に持ち込ませたのは、勝手に魔界へ戻るのを目的にしていたのだと明言する。

 アンドロマリウスが魔界へ戻ってしまえば、残るのは力を使いたがらない悪魔だけだ。


 力の使用に制限のある悪魔など、敵ではないという事だろう。アンドレアルフスの制止を振り切ってシェリルを空間へ閉じ込めてしまえば目的達成である。


「……分かったわ」

 シェリルがクスエルへと片手を伸ばした。先ほどアンドレアルフスが手を放した右手である。


「もう私に付きまとわないで」

「えっ」


 シェリルの手から赤い滴が跳ねた。その滴はクスエルの頬に付き、彼の頬をまだらに染める。


「外に出て行きなさい。私には不必要よ」


 赤い滴は意思を持ったかのように動き出し、彼の頬に術式を結ぶ。

「待って、シェリ――!!!」

 赤い光を伴いながら、クスエルは忽然と消え去った。

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