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贖う者  作者: 魚野れん
第十四章 因縁の血族
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主導権を奪う

「困らぬように手を尽くしたのは逆効果であったか。

 ……人間は外界の刺激がないとすぐにだめになる」

「変化を求める生き物なんだから仕方ないじゃない」


 そう拗ねるように言えば、天使は穏やかな笑みでシェリルの頭を撫でた。もう少し。シェリルは心の中で呟いた。もう少し、この天使について知りたい。

「ねえ、そんなに私が悪魔と一緒にいるのは駄目なの?」

「悪魔とは、異物の事だ。

 純粋な器である召喚術士を汚してしまう」


 異物、とは随分な言いようである。だが天使からすればそれは当然の考えかもしれない。

 箱の中に外部からの異物を入れず、箱庭を保ちたい。そういう事だろう。そして天界の者を呼び寄せる可能性のある器は綺麗な状態でいて欲しいという事だ。


 誰しも汚い器で水を飲みたいとは思わないだろう。特に天使は不純物を苦手とする生き物らしい。

 純粋であるが故に、堕落しやすい。それを防ぐ為の苦肉の策でもあるのだろう。アンドレアルフスを避けていた様子からもそれは窺えた。


「あなたの名前を聞いてはいけない?」


 シェリルなりの、勝負だった。

「私の名か……」

 名を聞かれるとは思っていなかったらしい。

 天使は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにアーモンド型の穏やかさをたたえた瞳に戻った。そしてゆっくりと頷いてみせる。


「私はクスエル」

「外界の天使、か」


 シェリルが呟くと、クスエルと名乗った天使はまた頷いた。

「残念ながら、核持ちではないのだよ」

「残念だなんて、そんな事思わない」

 むしろ喜ばしい事だった。この世界の為に生まれた訳ではないと分かれば、よりシェリルの方が有利であると教えられたも同然だからである。


「クスエル」


 シェリルの瞳が天使の瞳を捉えた。シェリルは彼に向けて、召喚術士特有のアプローチを試みる。クスエルは衝撃を受けたようにびくりと体を強ばらせた。

 その隙を見逃さず、アンドレアルフスがシェリルを彼に向けて放り投げた。


 自分の方に投げ飛ばされてくる人間を放置する事もできず、クスエルは半ば反射的にシェリルを受け取ってしまう。シェリルはその瞬間頭を上げて距離を詰めた。

 一瞬だけ、シェリルの唇がクスエルの唇を捉えた。彼は硬直し、動かなくなった。シェリルの胸元が反応して淡く光っている。反応した術式を確認した彼女は固まったままのクスエルから飛び降りた。


 即座に反応した悪魔二人であったが、シェリルを抱き留めたのはアンドロマリウスの方だった。勢いよく翼を閉じ、猛禽類のような急降下で危なげなく彼女を確保した。

 元からシェリルを助ける気はなかったのか、ほぼ同時に動いたはずのアンドレアルフスは地上に立っている。アンドロマリウスもその近くへ降り立ち、シェリルを立たせた。


「クスエル、力を貰うわね」


 シェリルの言葉を合図に胸元の術式の光が増す。アンドレアルフスは愉快そうに顔を歪めた。

 クスエルがいると思われる上空を見上げている。


「んふ、早く落ちてこないかしらぁー?」

「……前から思っていたが、その言葉遣い気持ち悪いぞ」

「失礼ね!

 マリアの時に間違えるとまずいから努力してたのよ」


 本当かどうか分からない言葉を言いながら、勝利を確信している悪魔達は楽しそうにしていた。

 悪魔達の様子に、シェリルは式が練上がっていくまでの不安感はなかった。複雑な術式故に、完成するまでに時間がかかる。


 完成前に術式を壊されてしまう可能性がある代わりに、発動してしまえば大きな効力を与える事となる。

 シェリルがアンドロマリウスに行った術式もそういった大きな効力をもつものの一つであった。


 念の為、召喚術士だけがもつ、「あなたは私のモノ」という召喚される側を縛り付ける為の無の力を放出しておいた。無の力、とは何にも染められていない中庸の力である。

 召喚術士は、その力を分け与える事で召喚されたものの力を補ったり増幅させたりする。それを無理やり与えたのだ。


 悪魔であれば、この状況である。単純に力を受け流すだろう。だが、それが天使となれば変わってくる。愛すべき人間に使われたいという本能と罠かもしれないという困惑、何もない相手ならば純粋に従うだけだ。

 しかしシェリルとクスエルの場合は違う。シェリルはクスエルが困惑のあまり、思考が止まってしまうだろうと考えた。名前を呼び、押し付ける事で動揺を誘ったのである。

2018.11.18 誤字修正

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