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贖う者  作者: 魚野れん
第十四章 因縁の血族
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ある日の術式

「ここに、術式を描いて」

「……後でマリウスに怒られるのは嫌なんだけど」

「大丈夫。あと、描き終ったら天使のとこまで連れて行って」


 シェリルは頭を上げ、アンドレアルフスを見た。その瞳をアンドレアルフスが覗き込めば、きれいな形の術式が彼の頭の中に入ってくる。

「今回も報酬は後払いってワケね。

 まあいいわよ。あんたはあたしのお姫様だもの」

 どういう意味なのか、とシェリルが問う前にアンドレアルフスが彼女の胸元に爪を立てた。鋭く小さな痛みと共に、赤くて細い線が胸元に引かれていく。


 その術式は、アンドレアルフスが昔に見たものに似ていた。

 ワインを作る為に必要な労力を、旅人やカリスの貴族から徴収していたサシャのものである。その術式は不特定多数を相手取ったものであるが、これは特定の対象として指定する形に変わっている。


「あたしってば、空間以外に関する術式とかって見せたっけ?」

「ごめん、それは分からないけど、知識をもらった時にちらっと似た術式は見えたわ」

「……無意識に大サービスしちゃったのね、あたし」

「使うかもしれないと思ったんじゃない?」


 まあ、良いけどねぇーとアンドレアルフスは笑いながら術式を刻んでいく。シェリルは彼の雑談をありがたく思いながら痛みを紛らわせる為に会話を続けた。

 術式の方はあとどれくらいかかるのだろうか。シェリルは視線を下に向けたが、よくは見えなかった。


「これ、良い考えでしょう」

「とても平和的で好きよ、あたしは」

「それは良かった」


 シェリルの視線に気が付いたアンドレアルフスが、「あと半分くらいよぉー」と笑いかける。最初の頃に刻まれた傷がひりひりとし、新しくつけられていく傷の痛みはあまり感じなくなっていた。

 アンドレアルフスの言葉の他には痛みが移動する事だけが、シェリルに術式の描き込みが進んでいる事を伝えている。


「後でちゃんと綺麗にしてもらうのよ?」

「うん」


 そんな二人の隣では、プロケルの幻影が面白いものを見るかのようにシェリル達へ視線を注いでいたが、プロケルという存在を認知した事のないシェリルには全く気付かれていなかった。

 アンドレアルフスの方といえば、完全に無視、である。幻影もそれは気にしていないらしい。そもそも、そういう素振りを見せることはあっても、幻影自体にそのような感覚は存在していない。


 それに、ロネヴェの幻影が主を変えてプロケルの幻影に変化したと説明しても、プロケルに会った事のない彼女には見えないのだ。

 シェリルが幻影の事を問うまで、それに関しては無関心でいるつもりだった。


 シェリルの胸元に完成した術式には、アンドロマリウスとアンドレアルフスを表す印が入っている。並ぶように配置されたそれの反対側にはシェリルを表す召喚術士の刻印があった。

 中央には天界を表す式があり、一つの術式に魔界と天界、そして両者の力を扱うことのできる人間が描かれた非常に特殊なものである。


「完璧よ」

「ありがとう」


 アンドレアルフスは「どういたしましてぇー」と目を細めて言うと、両手を前につきだした。

「お願いね」

 シェリルはそう言って彼の両腕の間に収まった。そんな彼女を抱き上げアンドレアルフスはふわりと浮かび上がった。翼を使った飛行とは異なる浮かび方に、シェリルは密かに口角を上げる。


 飛んでいるというよりも、浮かんでいるといっても過言ではないだろう。だが、シェリルが快適な空の旅を楽しむ時間はそう長くはなかった。純粋な悪魔の気配に、天使が動きを止めたのだ。

 もちろんアンドロマリウスもシェリル達の存在に気が付いており、アンドレアルフスと並ぶように近付いてきた。二人の悪魔が並ぶと、対峙するように天使が向かい合った。


 天使は攻撃する気配を見せず、警戒しているそぶりも見せず、ただシェリルを見つめている。人間が間に入った為、一時休戦するつもりなのか。


「私の部屋は、退屈だったか」

「快適すぎてする事がなかったのよ」


 シェリルが答えると天使は笑った。基本的に人間には優しいのだ。手段を選ばないだけで。そう思いながらシェリルも気を許した態度を心がける。

 目的は、天使に近付く事である。

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