夢うつつと闘技場
シェリルは辺りが騒がしい事に気が付いた。今、彼女は誰も訪れる事のない不思議な部屋に軟禁されているはずである。それなのに、なぜ騒がしいのか。
する事もなく、気持ちよく惰眠を貪っていたシェリルは、不満げに目を開いた。ぼんやりと周囲の状況が目に入る。次第にはっきりと見えてきた光景に、彼女はがばりと起き上がった。
……何これ。
声には出さなかったが、シェリルは心底驚いていた。
シェリルが眠っていたのは、闘技場の中央であった。そしてその上部では何かが渦を巻いて大きな風を生み出していた。
目を凝らしても、何が起きているのか分からない。
「あら、やっと目が覚めたの?」
声のした方を仰ぎ見れば、久しぶりに見るアンドレアルフスの姿があった。ただ、記憶にある彼とは違い、淡い色彩のケルガを身につけている。
雰囲気が違うようにも見えるが、それは恐らく身につけている色のせいだろう。
「ちょうど今、面白い所なのよ。
あの二人ってば、シェリルをうんぬんって言うよりもただ暴れ足りなかっただけじゃない?」
「え?」
シェリルは事情が飲み込めず、楽しそうに渦を見上げるアンドレアルフスを見つめた。
「何、あんたもしかして――」
何かを言いかけた彼であるが、突然シェリルを抱きしめる。直後、すさまじい音と共に、大きな衝撃を受けた。
何かが落下し、その“何か”からアンドレアルフスが守ってくれたようだ。
「もぉー、あっぶないわね!!」
衝撃の正体は、落ちてきたアンドロマリウスだった。アンドロマリウスは全体的に薄汚れ、不機嫌そうにしている。
「消耗戦なんだ。さすがに俺だって疲れくらい感じるさ」
「マリウス」
シェリルの動きは自然だった。彼女自身も、考えて動いたというよりは自然に体が動いたという感じであろう。
彼女はすっとアンドロマリウスの正面へ移動し、唇を奪った。
水分を失ってかさかさになった海綿が水気をどんどん奪うかのように、シェリルの体内に貯蓄されていた力が吸われていく。
「少しは足しになるでしょ」
シェリルがそう言えば、アンドロマリウスは無言のまま、彼女の頬を優しく撫でた。
「……問題ない。心配無用だ」
「ん」
心なしか、先ほどよりも眉間のしわを少なくしたアンドロマリウスは、大きな漆黒の翼を羽ばたかせて飛び立った。
アンドロマリウスの起こした風でシェリルの髪がばさばさと暴れ、あっという間に乱れてしまう。
風が落ち着いたところでアンドレアルフスが彼女の髪を落ち着かせて簡単に結い上げる。
簡単とはいえ、すぐにはほどけない結い方は、シェリルの表情を引き締めて見せた。
「あんたが目を覚ましたから、今頃気合い入れて攻めてるんじゃないかしら」
「あの、結局……マリウスは何してるの?」
え、知らなかったの? と首を傾げるアンドレアルフスをシェリルは睨みつけた。
「私、贅沢な部屋で優雅な軟禁生活してたはずなのに、目が覚めたらここよ?」
「あらま。
いつまでも目が覚めないと思ったら、中身はどっかに行ってたのねぇ」
合点がいったらしく、アンドレアルフスは簡単に説明し始めた。
「あたしがあんたに化粧してあげて、食事をした所までは起きてたわ。
でも……その日の深夜、眠ったあんたを抱き抱えたアンドロマリウスがあたしの所にやってきたのよ。
何かの術式がかけられてて目覚めないって」
それからの話は、シェリルの全く知らないものだった。