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贖う者  作者: 魚野れん
第十四章 因縁の血族
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優雅で退屈な召喚術士

「悪かったと思ってるわ。

 結局おとりにしちゃったんだもの」

 ここまで来てやっと違和感の原因に気付く。彼は元々の声質のまま、女言葉を使っていたのだ。あまりにも自然すぎて気が付かなかった。

 マリアとしてここにいるからこその言葉遣いなのだろう。シェリルは勝手に納得した。


「気にしてないから」

「ありがと。もう少しの辛抱、お願いね」


 具体的な事は一切口にせず、その一言を最後に彼からの繋がりは切られてしまう。もう少し詳しく話が聞きたかった。シェリルは小さな溜息をこぼし、目を閉じた。

 次に目を開けたらきっと――そんな予感を胸に抱きながら。




 シェリルが目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。ロネヴェの幻影もいない。期待していただけに、シェリルは肩を落とした。現実はそう甘くない、という事だ。

 いつの間に用意されていたのか、テーブルに用意されていた食事へとシェリルは手を伸ばした。保温の術式が用いられたポットが置いてある。ほのかに甘い花の香りがする茶葉の入った器へとその中身を注ぎ込んだ。


 ふんわりと優しい空気がシェリルを包む。食事の方は、お茶の香りを楽しませる為か、香りの強い香辛料を控えたさっぱりとした味付けの鳥の煮物だった。

 控えめにレモンの香りがする。鶏肉を柔らかく煮つける為に使われたのだろう。


 意外にもレモンの甘く爽やかな香りは、お茶の甘い香りを邪魔しなかった。見た目は普通の食事であるが、味付けやその他のバランスに尋常でない気遣いを感じる。

 そんな貴賓扱いの食事にシェリルは苦笑する。


 どのような扱いをされたって、シェリルの気持ちが変わる事などないと分かり切っているだろうに。

 用意されているみずみずしい果物は、貿易でもたらされた隣国の特産物の中でも特に貴重なものである。普通の家庭ではほとんど手に入らない。ひと口いくらになるのか、考えたくもない。


 シェリルは迷惑料だと思って遠慮なく口に運んでいく。

 汁気が多く、甘ったるい香りに柔らかな食感で、とてもおいしい。指に付いた汁を舐めながらシェリルは満足そうに目を閉じた。




 何日こうしていればいいのだろうか。シェリルはこの生活に飽き飽きとしていた。この部屋に軟禁されてから何日も過ぎている。

 この部屋には小さいが綺麗な浴室もあるし、シェリルの隙を狙って何者かが管理しているのだ。食事、衣類は常に提供されており、いつの間にか掃除もされている。

 それを目にした事がない、というのが唯一気味の悪い点であるが、快適な生活だというのは否定できない。


 快適な生活とシェリルの望んだ生活は、必ずとも一致していない。アンドロマリウスとも、アンドレアルフスとも、街の人間とも会うことのない、そんな一人だけの生活はシェリルの理想とはほど遠い。

 寂しい、とはまた違う。退屈なのだ。ほぼ毎日、誰かの為、あるいは自分の為に奔走する事がシェリルの楽しみだった。


 召喚術士は基本的に寿命という概念がない。そんな彼女が自分らしく生き続ける為に必要な事は、大きな事ではない。ただ、試行錯誤して様々な事に挑戦していけるだけの自由が必要だった。


 今の話し相手といえば、気まぐれに女言葉で話しかけてくるアンドレアルフスくらいである。この部屋の外がどんな状況かも教えてくれない。ただどうでも良い雑談をするだけだ。

 最初の数日はこの部屋へと連れ込んだ張本人であるフロレンティウスがいつ現れるのか、と緊張が続いていた。しかし初日に現れてからは全く姿すら見せない。


 悪魔達から逃げるようにとの連絡、全てが終わったとの連絡、その逆でフロレンティウスからの悪い報せも何もない。

 緊迫した状況下にいるはずなのに、退屈で死んでしまいそうだった。

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