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贖う者  作者: 魚野れん
第十四章 因縁の血族
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フロレンティウスと歪な天使

 シェリルは自分の顔を睨みつけていた。アンドレアルフスの意図が分からない。警告ではない、と思う。警告であるならば、今気が付いたとしても全く意味を成していない。


 今更、というものである。


 もしかしたらシェリルが愚かなだけで、本当にそういう意図があったのかもしれない。だが、そんな意味を成さない警告などしないはずだ。

 シェリルが理解できないメッセージを残すとは思えない。だからこそ、シェリルは理解できていない自分を憎らしく感じていた。純粋に悔しかった。


 辺りを見回すと、いつの間にか幻影が見あたらなくなっている。それがシェリルの不安を煽り、余計に負の感情を抱かせた。


「幻影……どこに行ったのよ」


 シェリルがそう呟いても、先ほどとは打って変わり、全く反応はない。何となしにあたりを歩き回る。途中、扉や窓に手をかけるがびくともしなかった。

 やはりシェリルはこの部屋に閉じこめられてしまっているようだ。


 そんな気はしていた。だからこそ、逃げる事を最初から考えてはいなかった。今は逃げる事よりも、アンドレアルフスからの隠されたメッセージを理解する事の方が重要だと考えていた。

 これから起きるであろう何かの為に、アンドレアルフスが意図したのではないかという気がしている。


 この化粧に似合うような悪い女になれ。という単純なメッセージなのか、もっと複雑な意味を持っているのか、シェリルにはまだ理解できていない。


「もう起きていたのか」

「!」

 いつ部屋の中に入ってきたのか。シェリルが声に反応して振り返れば、フロレンティウスが興味深そうに顎へ手を当てて彼女を覗き込もうとしていた。


「私は、お前が件の召喚術士であると最初から分かっていた」

「……」


 フロレンティウスの言葉に、シェリルはソファへと戻って足を組んだ。尊大な態度に彼は笑い、向かい側に座る。


「普通に考えればお前にも分かるだろう。

 天の者が探しているのは娼婦ではない。

 我々が探しているのは、悪に染められかけてはいるが、まだ染まっていない、無垢なる召喚術士だ」


 シェリルは何かを思い出しかけた。しかしまだ形にはならない。ゆっくりと口を開いたシェリルは顎をあげて首を小さく傾げる。


「……で?」


 あくまでもフロレンティウスの話を聞いてやっているのだと言わんばかりの態度であるが、シェリルなりの作戦の内であった。

 この姿を最大限利用しようという事である。もしかしたらアンドレアルフスが濃い化粧をしてきたのには、この為だったのかもしれない。そんな風に思ってしまう。


「私のものになりなさい。天界の者が気になるのなら追い出そう」

「私は、ずっと私のものよ。

 ……この言葉、何度言えばいいのかしらね?」


 シェリルはわざとらしく大きく溜息を吐いた。もう下手に出る必要はない。シェリルは堂々と彼を見上げた。

 フロレンティウスは相変わらず穏やかな表情をしている。気に食わない、そう思いながらもシェリルはこの場を切り抜けるために頭を働かせるのだった。


「あなた、自分を見失い気味なんじゃないの?

 毎日“何”と交わってるか、知ってるんでしょう?」

「あれはアンドレアルフスであろう」

 もちろん分かっている、と頷くフロレンティウスは全く表情を変えていない。


 人間を仲介しているとは言え、天使が悪魔とそういう関係を続ける事に問題ないはずがない。

 目的の為に、自分の存在を曲げてしまっているのではないか。歪な天使は、天使として存在したり得るのだろうか。


「存在の歪んだ天使なんて、堕天使と変わらないわ。

 そんなのとつるんでいるのは本末転倒ではなくて?」

「私に課せられた試練なのだ。問題はない」

「試練って都合の良い言葉ね」

「……何を言ったって、私には無駄だぞ」


 フロレンティウスとシェリルは見つめ合う。彼の瞳には全く感情の波など見えなかった。何の感情も残っていないように、静かに凪いでいた。

 天使がフロレンティウスを誑かして乗っ取ったのかと疑いたくなるほど、彼に感情を見い出せない。


 話をするだけ無駄、という言葉がシェリルの頭を掠めた。いや、今諦めたら何にもならない。

 襲いかかってくる様子もなく、ただ淡々と言葉の応酬を繰り返すだけ。シェリルはフロレンティウスと静かな対決を続けるのだった。

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