鏡の中のシェリル
穏やかに、意味もないような雑談だけで夕食は終わった。シェリルはやや拍子抜けしたものの、強い緊張ばかり続く食事よりは良い、と前向きに思い直す。
行きと同じく、帰り道もまた従女へと連れられ歩いていく。遠回りするわけでもなしにそのまま部屋へと着いた。
扉を開けられそのまま部屋の中に一歩踏み込む。
「では、おやすみなさいませシェリル様」
「え?」
どうして名前を。背後からかけられた従女の言葉にシェリルは驚いて振り向こうとした。ユリアの姿にシェリルの姿がかすかに重なって従女の目に映った。
驚いたユリアの顔を確認したのを最後に、シェリルの意識は深い場所へと落ちていった。
「大丈夫か?」
「ん……」
シェリルはロネヴェの声に起こされた。もちろん本物のロネヴェではない。幻影のロネヴェだ。
「体に問題がないなら起きた方が良いぜ」
「どういう、こと……」
目を開けたシェリルは自分があてがわれていた部屋とは違う場所にいる事に気が付いた。シェリルは違う部屋のソファに寝かされていたのだ。
「部屋だけじゃねぇぞ」
「……うそ」
視界の隅に映った自分の手はユリアの肌の色よりも白い。シェリルは軽く結い上げていた髪を下ろした。その髪の毛の色は茶色ではなく、見慣れた白銀のそれであった。
「誰かさんには、ばれてたんだろ」
「その、ようね」
シェリルは深い溜息をついてソファへと座り直した。服装は夕食の時のままである。見た目がシェリルへと変わった事以外、特に大きな何かはないようだ。
立ち上がって体の調子を確かめる。変な所で眠らされていたせいで体はきしむものの、特に問題はない。体内に残るような薬を使われたわけではないらしい。
部屋を歩き回れば、シェリルが案内された部屋とだいたい同じような作りの部屋だという事も分かった。
鏡を見れば、随分と化粧の濃い女が映しだされた。
ユリアには似合う化粧も、シェリルには似合わないようだ。化粧の濃いシェリルは衣服の豪華さも相まって高級娼婦のようである。
毒々しさすらあるその化粧は、シェリルが皮肉った笑みを作ると丁度いい黒い雰囲気になる。シェリルは思わず無表情になった。
理由がある。シェリルはそう感じたのだ。アンドレアルフスは、理由があってシェリルの化粧をしたに違いない。
シェリルは自分の顔をじっと見つめた。どきつい美人が鏡に映っている。
この顔に何かがある。何だろうかと思うが、思いつかない。メッセージを受け取った気がしたシェリルはそのまま鏡の中の自分と見つめあったのだった。