穏やかな夕食
あっという間にユリアの顔立ちは代わり、見事彫りの深い、見事な美人に変わっていた。シェリルが鏡を正面から見た時には、簡単の声を出したほどである。
「ふふ、これであんたも立派なお姫様ね」
「すごい……あっ!?」
何度も満足げに頷いたアンドレアルフスはマリアの姿のままシェリルをぎゅっと抱きしめ、ぽいっと軽い動作で部屋から放り出した。
勢いよく廊下へと追い出されて転倒しそうになり、シェリルはたたらを踏むようにして体を立て直した。
シェリルのその慌ただしい様子に従女が気が付いたらしく、早足でやってくる。
「どちらへいらっしゃったのかと、お探ししておりました」
「ごめんなさい、ちょっとマリア様に呼び出されて……この通り、豪華な顔にしていただきました」
ふ、と大人っぽく笑みを作ると、従女達は口々に「それはようございました」とほっとした様子を見せた。
引率していた客がいなくなり、それこそ静かに焦っていたのだろう。
「では、案内を引き続きお願いします」
シェリルは労いの意味を込めて口に出した。彼女達はそれに礼を返すと、改めてシェリルの部屋へと歩き始めたのだった。
部屋へと戻ったシェリルは、幻影を連れたまま一人で用意されていた飲み物を手に鏡を見ていた。
アンドレアルフスの化粧でユリアの顔からは幼さが消え、マリア程とは言わないが妖艶な雰囲気さえ醸し出している。
アンドレアルフスの器用さには、限界がないのではないだろうか。シェリルは彼の技術に舌を巻いた。
あまりにも興味深く、シェリルは決してナルシストではないが、鏡に映ったユリアをじっと観察していた。
「あんた、そんなにめかし込んで大丈夫なのかよぉ」
「大丈夫じゃない?」
「これ以上面倒な事になったら目も当てらんねぇぜ」
幻影はロネヴェの姿のまま、心配そうにシェリルを覗き込んだ。彼の心配する顔が面白く、シェリルは笑い出す。
「心配しすぎよ、私はそんなに弱くないわ」
「けどよぉー」
いつの間にこれほど心配性になったのだろう。そう不思議に思う一方、この幻影の変化によってシェリルの精神が安定してきていた証であるという考えも浮かんでくる。
いや、単純にシェリルがロネヴェに心配されたいだけなのかもしれない。
彼に心配される事によって、自らを鼓舞させたいという思惑が無意識下に存在しているのかもしれない。
シェリルは彼の発言に対し、シェリルの精神状態以上の意味を考えないようになってきていた。
「大丈夫、私は大丈夫。
強い味方も近くにいるし、話し相手のあなただっている」
「……知んねぇぞー」
「ふふ……あ、そろそろ時間かしらね」
複数人が近付いてくる気配を感じ、シェリルが立ち上がる。
「本当に、気をつけろよ」
本心から憂いている声が後ろから聞こえ、シェリルは振り返った。だが、そこには幻影の姿は見えなかった。
「ユリア様、どうかなさいましたか?」
「えっ、いえ何でもありません」
廊下から声をかけられたシェリルは慌てて返事をする。それ以上は特に詮索される事もなく、そのまま夕食の場へと案内された。
「おお、私の選択は間違っていなかったな!」
「あたしの化粧技術の賜物じゃない」
シェリルがユリアとして部屋へと入れば、そこには上機嫌のフロレンティウスと楽しそうに笑っているマリアの姿、そしてその背後には無表情なアンドレアルフスが控えていた。
「お二人のおかげで、この場に似合う姿となれました。
ありがとうございます」
深く頭を下げれば、フロレンティウスは穏やかな笑みで手を振る。
「いや、女性を飾り上げるのは男の役割。
これができねば男の沽券に関わるからな」
「そんな事は……」
目元を緩めてユリアが笑い、穏やかな夕食会が始まった。