皇との取引と悪魔の思惑
「あー……幸せ」
「……」
シェリルは、今何が起きているのかを知る為に、何とかユリアとマリアが二人きりになれる時間を作る事に成功した。……はずだったのだが。
マリアに扮するアンドレアルフスは、豊満な胸をユリアの姿をしたシェリルへと押しつけるようにして抱きつき、落ち着いていた。まだ、本題に入れていない。
シェリルは話を聞き出したくてうずうずとしながら、それを耐えていた。焦って聞いても、じらされてしまうような気がしたのだ。この部屋が安全かどうか、知らされてもいない。
ユリアでいると、シェリルならば分かる事が、どうにも感じられない時がある。特に術式や結界の有無を探ったりする事がうまくいっていない。
それならば、話し始めるまで待っている方が楽だし、何よりも無難だ。
彼はこう見えてもしっかりと約束を守ろうとする男だ。自由奔放なマリアという召還術士のフリをしている今でも、それは変わらないと思いたい。
「ユリア、聞かないの?」
しばらくして、甘えるような声色でそう聞いてきた。シェリルは小さく首を振って、答える。
「私から切り出さない方が良いのかと思って」
「ああ、大丈夫。
この部屋はマリウスがしっかり防音してくれてるから」
仕込み済みだったらしい。シェリルはそれまで込み入った話をしてはいけないのだと勝手に判断し、合図を待っていた。
「では、簡単に分かりやすく、シェリルがどんな状況にあって、どうしてこんな事になっているのか教えて」
シェリルがそう言えば、アンドレアルフスは本当にざっくりと説明し始めた。
「フロレンティウスの目的は、召還術士を抱き込み、この国を帝国化する事だ。
召還術士の体はついでのおまけだと思いたいが、今は色ぼけてもいる」
「……その、色ぼけの原因はあなたにあると思うけど」
シェリルは冷ややかな視線を彼に投げかけるが、蠱惑的な唇は愉快そうに笑っていた。
「元々この血族はみんな女狂いだからな。
こういう色物が大好きなんだろ」
そう言いながら柔らかな胸元を揉み、持ち上げる。あまりにも質の低い所作に、シェリルの視線は更に冷え込んだ。
「フロレンティウスは自分の先祖がエブロージャへの永久不可侵を約束してしまった事に対してよく思っていないらしく、より一層ムキになっているみたいだったぞ。
それで、穏便に手に入れようと裏で動き回っていてな。
しつこかったから、承諾したって訳だ」
「条件は?」
単にしつこいからという理由で言いなりになる事を承諾するとは思えなかった。案の定、アンドレアルフスはシェリルの言葉を聞いてにやにやとしている。
「今代限りの従属」
「へぇ?」
「フロレンティウスには従う。
だが、従属契約が解けたら、もう永遠に関わらない」
「大きく出たわね」
シェリルは心の底から驚いた。永遠に手切れしてもらえるとは思っていなかったのだ。だが、それを良しとするフロレンティウスの考えが読めない。
あの男は頭の切れる人物だと思う。クリサントスは行き当たりばったりな部分の多い人間だったが、彼は違う。
いや、女狂いな部分は同じか。
「この生活に俺が飽きたら、従属契約が解けるよう仕向けたりするつもりだ」
「飽きたら?
何か裏でもあるの?」
シェリルの身を案じての行動であるはずなのに、その言葉は矛盾しているように感じられる。シェリルが何か裏があるのではと邪推するには十分であった。
「クリサントスの時みたいに、裏方の気配がしてるんでな。
まだ表舞台に立つつもりはないらしいが、あんたが舞台に上がってきたからそろそろ動くかもしれない」
「……」
彼の言葉を信じるならば、シェリルという存在をおびき寄せる為の茶番であるという事か。
「こういう事を言うのは、あまり好きじゃないんだが……」
「?」
言いよどむ彼に、シェリルは不思議そうにのぞき込んだ。