城での朝
「おーきーろーよー!
何でまだ寝てんだよ!!
あんた、さっき起きろって俺に声かけられてたじゃん!」
「んん……」
「何でもう寝ちまってんだよー」
耳元で大声を出している幻影を無視し、シェリルは潜り込んだ。もちろん物理的な行為のできない幻影に対する対策であったが、彼女の抵抗の甲斐なく、寝具にめり込んで幻影は叫び続ける。
周りに対する自分の影響力の無さを把握した上でのシェリル専用迷惑行為である。
「いーかげんにしろよ!
早く起きねぇと、そのひでぇ顔……みんなに
見られちまうぜ?」
「!」
がばっといきなり起きあがったシェリルに「折角俺様が気ぃきかせてやってんのによぉー」とぶつくさと幻影が文句を言っている。シェリルはそんな幻影を無視して慌てた様子で鏡へと向かった。
鏡に自分の姿を映せば、そこには瞼を腫らした乙女の姿があった。
こんな顔で朝食をとりに行ったら情緒不安定だとか、なんやかんやと言われてしまいそうだ。
持ってきていた荷物の中からシェリル手製のクリームを手に取った。これはシェリルが作っているクリームの内、やや水分の多い方である。
水分を多くすると傷みやすい為、少しずつ作っている代物だった。
手に少量を出し、さっと目元に塗ってから手のひらで蓋をした。じんわりと温かくなった頃合いに優しく揉み始めた。目頭の方からこめかみへゆっくりと溜まった水分を追い出すように動かしていく。
丁寧に何度も繰り返すと、腫れぼったくなっていた瞼は大分良くなっていた。
水瓶から手桶替わりのボウルへと水を注ぎ、顔を洗う。
化粧を普段よりも陰影のついた濃いめのものにすれば、鏡に映るユリアの顔は普段と変わらぬように見えるまでになっていた。
思っている以上の出来栄えに、シェリルは誤魔化しきったと安堵の息を吐く。背後から鏡を覗いている幻影も、うまく化かしたなーと褒めている。
シェリルは得意そうな顔をして、幻影に向き合った。
「あまり、人といる時にうるさくしないでよ?」
「おぅおぅ」
幻影のロネヴェは肩を竦めて適当な返事をしていたが、シェリルはその返事を信用する事にする。彼に構っている余裕はないのだ。
これから、事情の分からないまま、再び顔を合わせるかもしれないのだから。
案の定、シェリルが朝食に呼び出された先には憎たらしい三人がセットで待っていた。
「朝から可愛らしいな」
「……それほどでは」
にこにこと機嫌の良さそうなフロレンティウスが真っ先に声をかけてきた。
彼の隣にはしなだれかかるようにして、マナーも何もないマリアが笑っている。
「この子は管理側で、ほとんど接客させないからねぇ。
お行儀はいいけど愛想はないのよ」
と、からかわれるが、眉一つ動かさずに頭を下げる。アンドロマリウスはフロレンティウスの背後に付き人よろしく立ちっぱなしであり、こちらもあまりあてになりそうにない。
シェリルはあくまでも最下位であるように、できる限り存在感を薄くするよう心がけながら食事をしていた。
しかし、客人となっている以上、最低限に注目され、構われてしまうのはどうしようもない。
「して、ユリアよ。
今日は城を探索するか?」
「いえ、私はマリア様のお元気な姿が見れただけで十分にございます」
城内をうろつき、面倒なのと遭遇するのも遠慮したい。そもそもフロレンティウス自体がシェリルにとっての面倒な存在である。
一般市民としては、ありがたいお言葉だと喜ぶべきだが、シェリルとしては全くありがたくなかった。
「あたしがしたげるわよ。
昨日の夜は放っておいちゃったし」
マリアの意味深な視線がフロレンティウスと交わる。あぁ、陛下は偽物の女でお楽しみだったのね、とシェリルは心の中で呆れ込む。
そんな思いとは裏腹に、シェリルは嬉しそうな笑みを浮かべてマリアの言葉に食いついた。
「私、マリア様とゆっくりお話したいです」
マリアは仕方ないな、といった様子で、しかし嬉しそうに口を歪めたのだった。