慣れない姿と優しい幻影
シェリルは案内された客間の寝台に寝転がっていた。あの後食事を共にし、この客間へと案内されたのだ。
それからはアンドロマリウスはもちろんアンドレアルフスが扮するマリアも彼女の目の前に現れなかった。
恐らく二人とも、あのフロレンティウスの側にいるのだろう。
やっと落ち着いて事情が聞けると思っていただけに、残念な気持ちが溢れそうだ。シェリルはユリアとして存在していて、どことなく心細いのもその気持ちを助長させているようにも感じていた。
召還術士シェリルであれば、怖いものなどない。と言い切る事はできないが、本来の姿であれば術も使えるし、立ち回りだってしやすい。
慣れた姿というのは重要である。借り物の姿は思い通りに身体が動いている気がしないのだ。
借りておいて失礼かもしれないが、ユリアはシェリルよりも力が強くて扱いにくい。ユリアはヨハンでもあり、元々両性であるからにして肉体の強さが男のそれと同等なのだろう。
もう少ししたらユリアでいるのは厳しいかもしれないとヨハンは嘆いていたのを思い出す。
それは、これのせいだろうな、とシェリルは苦笑した。男性寄りだと言っていたし、当然の変化なのだろう。
シェリルよりも少しだけ引き締まった身体。胸元はささやかであるが平らではなく、柔らかな線を描く小さな丘ができている。
かろうじて少女ではなく乙女なのだと分からせる程度のものではあるが、女としては全くないよりは良いだろう。
下半身の方は、普段とは上半身以上に違うが気にしたらきりがないし、気にするだけ無駄だろう。シェリルとて、伊達に何百年も生きていない。それなりに物事を気にせず受け流す能力は身につけている。
シェリルは小さく息を吐いた。いつもと違う自分。いつもと違う場所。それも、敵地であると言っても過言ではなく、あまり良い思い出があるとも言えないような所である。
本格的に心細いのだろうか。シェリルは何となしに部屋の隅を見つめた。何となく違和感をその場所に感じた。
よくよく見ていると、うっすらと影が動いているのが分かった。
「……何見つめてんだよ」
「あ」
ロネヴェの幻影だった。ずっと静かだとは思っていたが、気にならなかったのだ。フロレンティウスへの警戒心が勝り、気にならなくなっていたのだろう。幻影はゆらゆらと揺れながらシェリルの側までやってきた。
「そろそろ俺ぁお役ごめんだろ」
シェリルが横たわっている寝台の周りをゆったりと移動ながら、間延びした声をあげた。
「俺はよ、所詮本物じゃねぇし、あんた一人用の存在だしなー」
どことなく薄い。消えてしまうのだろうか。突然現れた存在だ。消える時も突然なのだろうとは何となく思っていたが、このように話を切り出されるとは思っていなかった。
「ああ、でもまだ消えないぜ。
あんたが寂しくなくなってからな」
「……ふふ、何それ」
シェリルは起き上がって幻影を見つめた。珍しく、ロネヴェが微笑んだ姿をしている。それが、シェリルの心細さを察してのものであると思うと寂しく感じた。
この幻影には、自分の意思などないのだ。ただ、シェリルの精神に感応しているだけだ。
軽口でおどけてみせてくれたって良い、むしろ叱咤激励してくれる方が良いと思うのに、シェリルの目の前に現れた姿は、柔らかな雰囲気を持っていた。この幻影の反応の仕方はシェリルには優しくない。
これでは頑張る為の気合を入れるどころか、何もかも気力を奪っていく気がする。
優しくして欲しい時には厳しく、厳しくして欲しい時には優しい。シェリルの身体は再び寝台に沈み込んだ。
誰も来ない夜を良い事に、シェリルは強く揺さぶられた感情を静かに溢れさせたのだった。