フロレンティウスと二人の悪魔
この悪魔二人が何を企んでいるのかはまだ分からない。シェリルの為だと口を揃えて言うが、全く心当たりもない。さすがに過去のおイタが原因ではないだろう。クリサントスの時にも似たような事を考えていたのを思い出す。
もし、それが原因だと言うのならば、シェリルにはクリサントスの件を含めて二つばかり心当たりがある事になる。
しかしそれならば、エブロージャの召還術士をわざわざ囲うだろうか。もしくは何らかの取引があったという事だろうか。
情報量が少ない今、どちらにしろ、シェリルにはとうてい分かりそうになかった。
アンドロマリウスは皇の側近よろしく彼の後ろで直立不動であるし、アンドレアルフス扮するマリアはシェリルから身を離してフロレンティウスに絡みつき始めた。
一人で皇と対峙している気になってくる上に、ユリアの身であるというが故の心細さがシェリルの気分を暗くさせる。
見知った存在が対峙する側に立っているから一層である。本来であれば、二人ともシェリルのそばにいるべきなのだ。そんな事ばかり考えていても意味はないが、ついそんな風に考えてしまう。
そもそも状況が分からないというのが一番の要因だろう。それを知った所で、この状況が変わる訳ではない。だが、分からないからこそ不安になるのだ。
状況が掴めていない状態で口数を増やせば、何か失敗をしてしまうのではないか。この部屋へと入ってから、シェリルはずっとこのような事ばかり考えていた。
どのような立ち回りが良いのか分かっていないままで考え、動き続けるのは容易ではない。シェリルは口数少なく、彼らの会話に耳を傾け、たまに返事をする事が主な役割になりつつあった。
シェリルがこの城について気が付いた事は大きく二つある。第一に、フロレンティウスが無類の女好きである事だ。先ほどからシェリルに舐め回すような視線を送ってきている。
かと言って、女にうつつを抜かしすぎて何かがおろそかになるといった事はない。
頭の回転も悪くない所が余計憎く感じる程だ。
第二に、堅実的な思考を持っている。彼の治世は安定しているのが分かる。というのも、近衛兵は装飾的な鎧を身につけ、戦闘とは無縁の様子である事が大きい。という訳では無い。
正確に言えば、中庭に植えられている植物とマリアを待つ間にもてなされた果物や飲み物の方である。
果物はカリス近辺では採れないもので、より詳細に言えば隣国の特産品である。
また、飲み物に使われた茶葉も他国の特産品として有名なものであった。さらにはこの部屋の黄金の装飾品は、より一層遠い国で作られた品だと思われる。
カリスの街中はきちんと整備されており、様々な国の人間で溢れかえっていた。小綺麗な格好をしている人間も多く、生活に苦労はしていないだろう事は明白である。
国交に力を入れているのだろう。侵略ではなく、交流を取ったあたり、クリサントスとはまた別の考えを持っている人物なのかもしれない。
一見すれば、治世の安定によって民からは普通の君主に見えるだろう。女癖の悪い部分は隠しているならば、優秀な人物にも見えるだろう。
この男は結構なくせ者ではないか、シェリルは内心で愚痴っていた。
時折シェリルへと話を振りながら、フロレンティウスは自由に会話を盛り上げている。マリアが楽しそうな声で笑っている。
どことなくシェリルを思わせる容姿に妖艶な雰囲気を持った彼女が笑うと華がある。羨ましいと思う一方で、そんなに媚びて何が楽しいのかとうんざりとした気分にもなる。
溜息を飲み込んだシェリルに、フロレンティウスの視線が向かった。視線が交差し、シェリルは瞬きをした。
フロレンティウスはそれに何を感じたのか、ふむ。と小さく頷いて、マリアへと向けていた体を正した。
「折角だ。しばらくこの城で寛ぐが良い」
事情はまだ聞いていないが、久しぶりに顔を合わせたからか、二人の悪魔を信じる気になっていたシェリルはらしばらくと言わず、明日にでも出ていこうと思っていた。
しかし、こう言われてしまえば逃げる訳には行かないだろう。助け舟が出るかと思えば、アンドロマリウスは無関心を装っているし、アンドレアルフスは嬉しそうな顔をしてフロレンティウスへと抱きつき直していた。
「……ありがたき幸せにございます」
この数秒で、二人の悪魔への認識を悪化させたシェリルは深々と礼をしたのであった。
2019.8.7 誤字修正