趣味の悪い皇族
マリアにぴったりとくっつかれたまま、皇がいる部屋へと移動する。非公式の場であるからと、玉座の間とは別の部屋であった。
シェリルは見覚えのある扉に、溜息を吐く。
彼女の溜息に同意するように、アンドロマリウスが小さく頷いた。ここは、クリサントスと対峙した部屋の扉ではないか。アンドロマリウスは二人へとここで待つように言い、勝手に扉をあけて部屋へと入ってしまう。
ちらりと見えた室内と言い、相変わらずこの皇族も趣味が悪い、とシェリルが心の中でぼやくと、隣からくすくすと笑い声が聞こえる。
「良い趣味してるのよ、あの男」
一応この国の頂点にいる人間だ。簡単にあの男呼ばわりしてもいいのだろうかと彼女を見れば、マリアはちらりと視線をよこしただけで正面を向いている。
これが、召還術士マリアという事なのだろう。破天荒な人物だろうと想像していたが、自己中心的で相手の事を思いやらない人物のようだ。
とはいえ、これはあくまでも召還術士マリアという人物の設定であるわけだが、毎回こういう傍若無人な系統の人間を演じるのだろうか。
シェリルにとってのアンドレアルフスという存在は、どちらかと言えば兄貴肌で面倒見の良い悪魔である。ちょっくちょく人を馬鹿にするような行動等を見せてはいる。
それでも、見下しているからというわけではない。
少なくともシェリルに対しては、なるべく対等で見るようにしてくれているのだと感じている。
取り留めもなく、シェリルはぼんやりとアンドレアルフスのことを考えていた。
「入れ」
先に部屋へと入っていったアンドロマリウスが扉を開いて室内へと招く。フロレンティウスは派手好き、というよりは黄金を好む人物のようだった。
調度品は適当と言っても過言ではない程にぱっとしない。その代わりに装飾品が黄金の輝きを目立たせている。
女性的ですらあるデザインの調度品に、ごつごつとした男性的な黄金の装飾品。一見アンバランスにも感じられるそれが、部屋中に溢れかえっていれば、普通に見えてしまうらしい。
一般的な感覚で言うならば、ちゃんとした質のものであるが、これまでの皇族からすれば少し質素な感じすら受ける。
「この子、アンドレアルフスが魔界に戻る時に譲り受けた一族の一人なの。
あたしが“ちょっとカリスのお城に行ってくる”って出かけたっきり戻ってこないから心配になって追いかけてきたんですって。かわいいでしょ」
マリアはそう言ってシェリルに頬ずりする。ユリアとしてこの場に立ったシェリルは、マリアと一緒に居られて嬉しいのだと主張するかのように微笑んでいた。
「アンドレアルフスが一族、ユリアにございます。
お目通し、ありがたく存じます」
あくまでも自分の目的はマリアなのだと言いたかったが、余計な口を挟むものではない。また、聞かれていない事をべらべらと話す事の方が嘘っぽく聞こえてしまうものだ。
シェリルは挨拶だけを口にし、目線を下げた。
「共にいたいならば、ここに置いても良いが」
「彼女には商館の中でも重要な仕事を任せている。
その仕事を放ってここに来ているだけでも大問題なのに、そのまま居座らせる訳にはいかない」
「……」
にべもない言い方だ。ユリアは仕事を放棄してマリアを追ってきた事になっていた。失礼な、とも思ったが、本当の事である。
「マリア様のお元気そうな姿も見られましたので、早く街へ戻り職務を全うしたいと考えております」
「ちゃんとあたしからもヨハンに言っておくから大丈夫よぉ
ほんと可愛い子」
マリアはやたら黄色い猫撫で声できゃあきゃあと言い、ちゅうっと大きなリップ音をたててシェリルの頬に口付けた。




