守る為に必要な事
シェリルは、この前に喧嘩別れした相手だとは思えず、不思議な感覚で金髪の美女を見上げた。
彼の持つ雰囲気は、シェリルを拒絶していなかった。むしろ、包み込み、受け止めようとしていた。
「お前が構わないなら良いが、そろそろ解放しないと辛いのはお前だ。
それよりも、お前はすぐに街に戻った方が良い」
「戻るのは俺も賛成だ!」
アンドロマリウスは本当に幻影の声が聞こえないのか、さらっと無視して言葉を続けた。
「こうなっては正直に言うが、ここの血筋はお前に執着している。
今回の事で、完全に関係を絶つつもりでいたんだ。
だからこそ……お前を遠ざけたかった」
「……」
「事情を言えばついてくると思った。
あそこまで口論になる必要はなかったが、とにかく遠ざけたかった。
お前の身を守る為にした事だ。思い切り傷つけた自覚はあるが謝罪はしない」
美しいその顔には苦悶の表情が垣間見え、眉間にはしわが寄った。それはよくアンドロマリウスがする表情にも良く似ている。そこでやっと、この美女がアンドロマリウスと完全に繋がった。
今までは美女の姿に惑わされてしまい、思考の邪魔になっていた。
「今は時間がないから説明は省く。なるべく目立たないようにしてくれ。頼む」
「……分かったわ」
シェリルが静かに頷くとアンドロマリウスは心なしかほっとした様子で表情を緩めた。
「今はユリアだったな」
「そうよ」
アンドロマリウスはシェリルの名を呼ばず、仮の姿見についている名を確認した。ほんの少しだけ寂しさを覚えるが、これは仕方のない事だ。
本当の名で呼ばれ、返事をすればこの術式は解けてしまう。呼ばれさえしなければいいのだ。だから、名が知られてはいけない。
「この召還術士の名はマリアと言う。本来の中身はお前も良く知る奴だ。
だが、お前の名前と同様に呼んではいけない名だ」
「分かったわ」
良く知る悪魔、と言えばアンドレアルフスが浮かんだ。きっと彼なのだ。
シェリルが素直に頷けば、彼は手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でた。久しぶりの感触に思わず感情が湧き出しそうになる。すんでのところで感情に蓋をした為、表には溢れなかった。
「誤解はとれたのなら、明日にでも帰るが良い」
「手伝――」
「だめだ。お前を守る為の行動なのに、出てこられたら意味がない」
「ん」
つい先ほど、おとなしくしていてくれと言われたばかりだった。美女の表情も先ほどよりも厳しい顔になっている。美人の怒った顔は怖い。中身はアンドロマリウスであるが、アンドレアルフスの笑顔と同じくらい怖かった。
シェリルが黙り込んだ途端、二人の会話を邪魔せずに静かにしていた幻影が大きな声で叫ぶ。
「扉が開くぞ!」
シェリルはアンドロマリウスの背後にある扉を注視し、アンドロマリウスは溜息を吐く。アンドロマリウスも幻影と同様に何かに気が付いたようである。数秒もしない内に、扉は開いた。
その扉の先に立っていたのは、黒い悪魔である。アンドロマリウスの姿をした何者かは、じっとアンドロマリウスが扮する美女とシェリル扮する少女の二人を見つめた。
「……」
「……」
彼は無言のまま静かに扉を閉め、近寄ってくる。そして金髪の美女の隣に立って、シェリルと向き合った。普段無表情であり、大きな表情とは不機嫌そうなものであったり眉を寄せている顔であるアンドロマリウスが、にっこりとした笑みを作った。
美女の中に入っている本人には大変申し訳ないと思いつつ、シェリルはその不気味さに顔をひきつらせたのだった。