信用の証明
ユリアが去ってから、シェリルは幻影のロネヴェと揉めていた。
「だぁかぁらー!
俺さえいれば、あんたは無駄に悩んだり怒ったりしなくて済んだんだよ!」
「勝手に死んだのはあなたじゃない!」
ずっとこの調子である。シェリルがロネヴェも含めて、信用できないと言ったのが始まりである。
それまで彼女の耳元で無理されても余裕ぶって囁いていた彼であるが、誰も信用できないという話になれば、事情は変わってくるらしい。
「あんたにとって心地よい言葉ばっかり言ってるロネヴェはよくて、俺は駄目なのか」
「確かにロネヴェが生きていた時に喧嘩らしい喧嘩はしなかったわ。
でもそれとこれとは別よ、別!」
「じゃ、誰なら信じられるんだ」
シェリルははた、と動きを止めた。数回瞬きをしてから幻影のロネヴェと視線を合わせる。
「少なくともあなた達悪魔ではないわ。強いて言うならユリアかしら。
アンドレの一族は公平だもの。
彼らは信用に値する」
シェリルの答えにロネヴェは舌打ちして顔をしかめたが、それは一瞬のうちに全く別の表情へ変わる。
「マリウスじゃないだけ良いか」
「変にこだわるわね」
「シェリルだってあいつにこだわってるじゃねぇか」
俺の方がいい男なのに、とブツクサ言う幻影を無視し、シェリルは遠い地にいて酔狂な召還術士と共にいるらしいアンドロマリウスへと意識を向けた。
自分が今信じると言ったユリアは、アンドロマリウスの動きはシェリルを守るためであると言う。彼がそう言うのであれば、そうなのかもしれない。
しかし、アンドロマリウスがユリアにそう伝えただけで、実際は違うかもしれない。このパターンも十分に考えられる。考えを進めれば進めるほど、信じた先が間違っているのではないかという疑念が浮かんでしまう。
「ずっと、ここで俺と一緒にまったりしてようぜ」
「私出かけるわ」
「は?」
気分を持ち直して機嫌が良さそうな幻影をよそにーシェリルはじっと扉を見つめていた。
あっという間に旅支度を済ませたシェリルは、人目を避けて裏通りを急ぐ。その後ろからは幻影が文句を言いながら追いかけていた。
「おいおい、まじで行くのか!?」
もちろんシェリルは返事をするつもりもないらしく、振り返りさえしない。
彼女の目的地は商館だった。裏通りから出る直前、シェリルはクロマを頭に巻き付ける。
適当に巻いただけであるが、シェリルがそのまま関係者しか立ち入れない区域へと進んでも、咎める者は誰もいなかった。
ある部屋の前で立ち止まり、そのまま扉を開く。中には誰もいない。シェリルは部屋の主がすぐにでも戻ってくるように、ある仕掛けを動かした。
数分と経たぬうちに、慌てた様子の足音が耳に入る。勢い良く扉が開き、その先にはヨハンがいた。今日はユリアではないらしい。
「あなたという人は!」
それだけ言って、周りを見てから静かに扉を閉める。後ろ手で鍵を閉めるくらいには、慎重な様子である。
「どうしたのさ。
大体こんな呼び方するなんて、びっくりしたじゃないか」
「確認してこようと思ったんだけど」
「え?」
「だから、あなたを信じているけど、あなたが騙されていただけかもしれないじゃない」
ヨハンは話が読めず、怪訝そうな顔でシェリルを見つめていた。シェリルは普段通り、散歩にでも出かけようとしているような雰囲気である。
それが、余計にヨハンを困惑させていた。
「だから、確認してこようと思って」
「はぁ?」
「ヨハン言ってやれ!」
幻影がヨハンの後ろで彼を応援している。どうせ見えないのだから止めればいいのに、とシェリルは頭の片隅でどうでも良さそうに突っ込んだ。
「ただ、あなたの言ってる事が正しかったらマリウスに迷惑かかるでしょ?
だから、ユリアの姿を貸してもらおうと思っ――」
「嫌だ。駄目だ。貸さない」
シェリルが言い終わる前に、硬い声色でヨハンが拒絶した。
2018.11.17 誤字修正