思い込みたい召喚術士
「私、分からないの。
何が一番良かったのか。これからどうするのが良いのか思い浮かばないの」
「アンドロマリウスを信じれば良いのでは?」
シェリルの肩がびくりと揺れた。
「信じろって……どうやって」
「簡単だよ。
アンドロマリウスに感じている全ての事を一旦忘れるんだ」
シェリルを抱えたままユリアはできる限り優しく囁いた。きゅっと目をつぶったシェリルは、少しの間そうしていると弱々しく答えた。
「ロネヴェの事が忘れられないわ。
マリウスとの関わりは、彼なしにはありえないのよ。
それに、マリウスが何を考えているか分からないから、余計無理……!」
シェリルはおもむろに立ち上がり、すうっと腕を横に動かした。途端、陶器の割れる音が響く。彼女の動きに併せて花瓶が飛んだようである。
音のした方へ顔を向けたユリアは飛び散った破片を目にして口を小さく開けた。
「本音なんて、聞いた事がないわ!
不満だって聞いた事もない。
何も話してくれない奴の、何を信じろというの!?」
彼の横ではシェリルが再び声を荒げ始めた。ユリアには信じられない光景だった。
「私は、彼を恨まなきゃいけないし、彼は私を恨むべきよ。
そうでなければ私たちの関係は成り立たない」
シェリルの近くにあるカップがかたかたと音を立てて震えている。彼女の力が怒りで漏れ出ているようだ。昔よりも力が強くなったのではないか、ユリアが聞いている以上だ。
シェリルは、アンドロマリウスと共に生活するようになってから、確実に力を伸ばしている。
それはアンドレアルフスが長い間この世界から去る前にシェリルへと与えた知識のせいかもしれないし、アンドロマリウスとの生活で何らかの要因があったのかもしれない。
シェリルのこの状態に恐怖を全く覚えないはずはないが、それでもユリアは黙って彼女の様子を見ていた。
「私とマリウスを繋いでいるのは、ロネヴェの死よ。
そこにこだわらなくなったら、彼を愛していた私を否定する事になる! 彼を育て上げたマリウスだって、その過去を否定する事になるのよ!」
シェリルはぎゅっと自らの手を握りしめ、目を閉じた。
「私たちの関係はそうでなければ……!」
彼女は自らの力を封じようとしているのか、耐えるようにして、握りしめた手に力を込める。
「ずっと平行線でいなければ……っ!」
ユリアには、シェリルが頑なに思い込もうとしているようにしか見えなかった。
しばらくの間、二人は動かなかった。ユリアはその間、声を掛けるべきか悩み続けていた。意を決してずっと動かないシェリルに声を掛ける。
「……シェリル、彼が戻ってくるまで待っていれば分かる」
「……」
シェリルの反応はなかった。ユリアはこのまま一緒にいても変わりそうにないと、頭を振る。
シェリルが動く気配はない。この状態ならば、すぐにこの街を出るといった事にはならないだろう。
ユリアはシェリルに礼をすると、召喚術士の塔から離れた。
2018.11.17 誤字修正