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贖う者  作者: 魚野れん
第十三章 召喚術士の懐古
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禊の術式

 毎月の約束事とは、娼人たちが健康に働き続けられるようにまじないをかける事であった。商館との関わりを避けたいロネヴェは月に一度だけ、娼人を塔へと呼び寄せていたのだ。

 この約束事は、ロネヴェが良い案を思いついた事でリサという娼婦を含めた数人の娼婦とのやりとりで全てが済むようになっていく。


 シェリルはそう思い出したところで、自分がまた過去の記憶を手繰っている事に気が付いた。気が付いたからといって、目が覚めるわけでもない。

 自分がいかにロネヴェに傾倒していたか、ロネヴェの良いように動かされていたか、そしてどれほどまでに思い合っているつもりですれ違っていたのか、思い知らされるのだ。


「では、始めるわね」

 シェリルはひとかたまりにまとまった彼、彼女らに声をかける。彼らの周りを特殊な杖で正円を描く。これはシェリルが持っている術式を符に書き込む時に使うペンと同じ仕組みである。


 ただ、一つ違う事は血液の使用量だ。これは杖の持ち手部分に鋭いとげのような突起があり、使い手の手を紅く染め上げる代物だった。

 流れた血液は縦長に掘られた溝を伝って杖の先へと移動する。

 当然痛いわけだがこの仕事が終わればすぐに治せる。シェリルが我慢すれば良いだけの事であった。


 正円の外側に術式を書き込んでいく。一周したらまたその外側に、といった具合に三周したところでまた正円を描いて式を完成させた。

 この術式は、まず妬みや恨みといった相手にした人間の関係者らからの感情を祓う。ごくまれに呪詛がかった面倒なものもあるが、そういったものも含めて消え去ってもらうのだ。


 負の感情がまとわりついている状態が長く続けば、体調が悪くなり、仕事を続けていけなくなってしまう。それを防ぐのである。


 次に不特定多数の人間と接する職であるが故に起こり得る、身の汚れを祓う。

 シェリルはいまいち仕組みを知らないのだが、伝染病の類すら祓えるらしい。ロネヴェがどこからか仕入れてきた術式であった。


 式の一部にシェリルの読み解けない部分があり、そこに詳細があるのではないかと彼女は見当をつけていた。

 病を治癒する術式は高度なものが多く、ほとんど出回っていない。必要な魔力量がそもそもけた違いであり、試せる人間が少ないからだと察する。

 研究できる人間がほとんどいないのだろう。


 最後は精霊の祝福である。汚れを取り除いた身体に祝福を授ける。汚れを受け付けにくくするのである。完全にはじくことはできないが、汚れは軽くなる。

 シェリルは全て描きあげると、ふぅ、と息を吐いた。あとは思いきり魔力を乗せて発動させるだけである。




「お疲れさん」

「ありがとう」


 ロネヴェの力を使った月に一度の大仕事が終わったシェリルはぐったりとテーブルに身を伏していた。ロネヴェから力を受け取って行使するものではあるが、当然ながら使い手も消耗するのだ。


 それに、手のひらに穴をあけた痛みがまだ残っているような気がしていた。

 すでに傷は塞がっている。シェリルは穴が空いた手のひらを見つめ、握っては開いてを繰り返した。

「今日は甘いホットチョココーヒーだよ」

 真っ黒な液体を渡され、シェリルはそれに口付ける。


「やだ、これチョコなのかコーヒーなのか分からないわ」

「あはは、やっぱりー!」


 作り手であるロネヴェ自身も思うところのある飲み物であったようだ。ロネヴェも同じ飲み物を手に持っている。シェリルは得心した。自分が飲んでみたかっただけだろう、と。


「飲み物というよりはデザートね」

「じゃ、デザートだ。

 一応ミルクにチョコとコーヒー豆を加えて煮立てたから普通のコーヒーと同じなんだけどな」

「チョコの入れすぎでしょ」

「そっか」


 一度に口に含むには甘すぎたそれを、二人はちびちびと舐めるように飲みながら笑った。

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