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贖う者  作者: 魚野れん
第十三章 召喚術士の懐古
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穢れ落としは何の為 *

「じゃあ、アポーゲの由来でも話す?」

 おいしいオムレツを堪能したシェリルは食後のコーヒーを飲んでいた。ミルクと蜂蜜のたっぷり入ったコーヒーがシェリルの頬を緩ませる。


「うん」

「まず、アポーゲはもともと闇色とでも言っていいくらいに濃い青色のキノコなんだ。

 それが火を通すとこんなに鮮やかな赤に変わる」


 ロネヴェが人差し指の先に黒っぽいキノコの幻を生み出した。これが生のアポーゲなのだろう。シェリルの視線が幻に行っている事を確認して彼は徐々に色を変えていく。


「こんな具合にな、すげぇだろ?

 俺はこれ見て夕暮れっていうより朝日が昇るイメージじゃねぇかって思ったんだけどさ」


 シェリルはじっと色の変わったアポーゲの幻を見つめた。

 てっぺんから鮮やかな赤、少し薄まっていき黄色がかった赤色と黄色の薄い光が差し込んでいく。そして今度はやや暗い赤になり傘の下部はほんのり青い。


 傘の裏面にあるひだを見ると、そこは闇色のままだった。肉の部分は全体的に赤黒い色から闇色のグラデーションになっている。

 闇色の部分は少なく、全体的に見れば赤いキノコであると言えるだろう。


「火を通す前と後の変化じゃなくて、変化後のキノコ自体の色だけを見たんじゃない?」

 ロネヴェはぽかんと口を開いた。何を言われたのか分かっていないのかもしれない。シェリルはそれを面白く感じながら解説する。


「このキノコ見てよ。この赤から闇色へのグラデーションが夕暮れ時の空にそっくり」

「おぉ!」


 ロネヴェは自分で作りだした幻をひっくり返したりして色を見た。ひとしきり観察して納得したのか、彼はぽいっと幻を空に投げてシェリルを抱きしめた。

 頬擦りしながら「さすがシェリルすげぇ!」と褒めちぎる。暑苦しい悪魔だなぁ、と苦笑しつつもまんざらではないシェリルであった。




「ん……」

 シェリルの目が覚めると、そこは自室であった。寝汗をずいぶんかいたのか、首筋がべたべたする。汗による不快感から解放される為、彼女は着替えを持って浴場へと歩き出した。


 浴場に辿り着くと、シェリルは普段と違う布袋を棚から取り出した。滅多に使う事のないものだ。これを入れると浴槽内の湯は紅く染まり、鉄の香りが漂うのだ。

 アイティと呼ばれる薬草を使ったこの入浴剤は身体の汚れを落とし、穢れを浄化させる役割がある。


 だが、そんな役割とは裏腹に血のような赤色に染まり、血のような臭いを発する。“血の風呂”とはまさにこの事だ。周りにこの薬草を使った処方は教えていない。

 効能よりもこの見た目と臭いを皆が嫌がるだろうとの考えからだった。


 正直に言ってシェリル自身、色はともかく臭いは好きではない。それでも、どうしても身体が気持ち悪い時には使ってしまう。効果だけはすばらしいのだ。

「相変わらず酷い臭い……」

 暖かな湯によって臭いは強まり、浴場内に湯煙が立ちこめていた。煙はただの蒸気である為に色は付いていないが、血を連想させる鉄の臭いは酷かった。


 湯船から湯をとり、身体にかける。紅い湯ではあるが、そこまで濃い色ではない。むしろ臭いの方が問題だった。シェリルはむせかえるような臭いに、血を浴びたような気持ちになるが、我慢する。

 何の香りもつけていない石鹸を持ってきていた。血の臭いに何かの香りが混ざると余計気持ちが悪くなるからである。


 柔らかな海綿で丁寧に泡を立て、全身に塗りたくる。アンドロマリウスがよくやってくれている方法だ。昔のシェリルは、自作の石鹸がこんなに泡の立つものだとは思ってもいなかった。泡に包まれ臭いが薄まっていく。

 塗りたくった泡の上から海綿で擦りあげる。撫でるようにするのが一番らしいのだが、今回はしっかりと当てていた。ごしごしと擦り付け、見えもしない汚れを洗う。


 シェリル自身、何の穢れかよく分からなかった。身を清めないと、という気持ちだけがあった。アンドロマリウスが出て行ってしまった苛つきを抑える為なのか、ちらちらと甦るロネヴェとの記憶から離れたいのか。

 シェリルには判断できる自信がなかった。

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