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贖う者  作者: 魚野れん
第十三章 召喚術士の懐古
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良いキノコと悪いキノコ *

 シェリルは日が落ち、明かりが必要なほどまで暗くなったのに気が付いた。ロネヴェが気まぐれで描いてくれた天井の絵画を眺めていたはずだ。彼がシェリルをからかい、楽しそうに笑っていた声がまだ耳に残っている。

 だが、シェリルのいる召還術士の塔はしんと静まり返り、ロネヴェの気配も何も感じられない。


 目を凝らすのもバカらしく思ったシェリルは空に術式を描く。周りがほう、と明るくなった。燭台に火が灯ったのである。

 アンドレアルフスから空間移動の知識を得たシェリルはある程度虚空に描く術式をうまく操れるようになっていた。


「あぁ……そうだった」


 そこでシェリルは思い出す。ロネヴェはもうだいぶ前に死んでいたのだと。ロネヴェが天井に絵を描いたのは千年近く前だ。

 彼が描いたからか、それとも保存状態が良いだけなのか、昔と変わらぬものであった。

 先ほどの幸せなやりとりは遠い過去のもので、今ではない。寒気を感じ、小さくふるえて肩を抱く。指先が妙に冷たかった。


 アンドロマリウスは戻ってきていない。召還術士はゆっくりと立ち上がり、自室へと向かう。ロネヴェとの日々は、毎日が楽しく、幸せだった。

 シェリルがそんな事を考えている内に目の前へ扉が現れた。シェリルがその扉に背を向けて術式を描けば、灯されていた燭台の火が一斉に消えた。


 暗闇の中、扉を開いて部屋へと入る。ロネヴェがいたずらと称した様々な贈り物が目に飛び込んできた。彼は物を残すタイプだったのだろう。シェリルは今更ながらに彼の存在を思い知る。


「ロネヴェ……私、どうすればいいの……?」

 シェリルの問いかけに応える者はおらず、ただ彼女の溜息だけが響いた。




 シェリルはおいしそうな香りで目を覚ました。ロネヴェがいつも作ってくれる朝ご飯に違いない。シェリルはすん、と今日のメニューが何かと香りを嗅ぐ。

 野菜たっぷりのオムレツだろうか。やや甘い卵の焼ける匂いがした。あとはいつもと同じパンだろう。


 食べる直前にロネヴェが軽く焼いてくれるそれは、外はカリカリで中はしっとりしている。そこにバターを塗れば最高の食事である。

 手作りのジャムを塗っても良い。シェリルは香りだけで楽しい気分になる。

 毎日違う献立を作ってもらえる事がどんなに幸せな事か、シェリルは感慨深く思いを馳せる。


 ケルガを纏い、すぐに下へ下りれば元気いっぱいのロネヴェがいた。ロネヴェは楽しそうに鼻歌を歌いながら料理を並べている。シェリルに気付くとその手を止め、ささっと彼女の額に口付ける。

「おはよう、俺のお姫様」

「ロネヴェおはよう。いい匂いだわ」

 へへっとロネヴェは笑い、朝食の説明をし始めた。


「今日は野菜の代わりにキノコたっぷりだぞ。

 近くに群生してたし、食える奴だったから使わせてもらった。

 チーズとキノコという豪華なオムレツを見せられたが、シェリルは首を傾げた。

「そのキノコ、初めて見るけど食べられるの?」

「あ、これは大丈夫な奴だよ」


 シェリルの疑問にロネヴェが簡単に答えた。大丈夫だと言われても、見た事のないキノコである。疑わしく見てしまうのも仕方のない事だろう。

「アポーゲという奴で、夕暮れ峠って別名がついているキノコだ。

 由来はいくつかあるけど、知りたい?」

「気にはなるけど……おいしくなくなる前に食べたいわ」

 ロネヴェはにこにこと笑みを見せてシェリルの椅子を引いた。


「キノコのオムレツが濃いから、飲み物はさっぱりした物にしたよ。

 って事でミントとレモンに蜂蜜を一匙のロネヴェウォーターな」


 長ったらしい名前の水に、シェリルは笑った。一口飲めば、さわやかな香りが彼女を包む。蜂蜜は入れなくても良かったのだろうが、シェリルの好物と知っているからこそくわえたのだろう。

 ほのかな甘みは、ミントとレモンのさわやかさを損なうような邪魔をしなかった。

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