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贖う者  作者: 魚野れん
第十三章 召喚術士の懐古
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天井の森

 シェリルは一人、床に座り込んだままじっと彼の去った扉を見ていた。その瞳はぎらぎらと、恨めしそうに輝いている。だが、どうしてアンドロマリウスと揉めたのか思い返している内にその光は潜み、絶望に縁取られた暗い光へと変わる。


 今回は完全にシェリルが悪い。自分が今まで、いかに彼に甘えていたのかに気付く。ロネヴェだったら、もしくはアンドレアルフスであったなら、こんなに意固地になって意味の分からない文句を言う事はなかったのかもしれない。


 別に少しの間、離れる事くらい何という事でもないはずだった。だが、得体の知れない不安がシェリルを襲ったのだ。その原因が何かは分からないにしろ、それを一言伝えれば済んだのではないか。

 後悔した所でアンドロマリウスは戻らない。そうは分かっていてもシェリルは思わずにはいられなかった。


 はあ、と小さく溜息を吐いたシェリルは天井を見上げた。シェリルのいる、塔の中央は吹き抜けになっている。はるか上の天井を見れば、ロネヴェがふざけて描いた絵画が広がっていた。ふざけて描いたにしては、美しい。

 近くに寄って見る事は許してもらえなかったが、シェリルはこの天井に広がる大自然が好きで、よく眺めてはロネヴェにからかわれていた。


 神秘的な森と、鹿が描かれている。新緑の森と白銀の鹿の組み合わせはエブロージャにはあり得ない景色だった。シェリル自身砂漠の中のオアシスといった場所にずっと住んでいる為、このような光景とは馴染みがなかった。

 似た景色と言えば、ミャクス絡みで寄った泉くらいであった。


 ロネヴェだったら、きっと一人きりにはしない。ロネヴェとは一度も大きな喧嘩などしなかった。いつもシェリルが拗ねればロネヴェが色々してくれた。甘ったるい生活が懐かしい。

 あの頃に戻りたい。天井に描かれた絵画がぼやけていく。


 もはや、シェリルは自分がどうしたいのか分からなかった。甘やかして愛してくれるロネヴェはもういない。見守ってくれていたアンドレアルフスも戻ってきていない。仕方なく面倒を見てくれていたアンドロマリウスは怒って出て行ってしまった。


 いつも、駄目になってから気付く。きっとアンドロマリウスは、シェリルがどうしようもなくなるまで放置する気だ。アンドレアルフスだって、本当に戻ってくるとは限らない。

 彼の去り際に魔力を渡してから百年以上経っている。そろそろ戻ってきても良いはずなのに、まだ戻らない。先払いせずに無茶をさせたのがまずかったのだろう。シェリルにはそうとしか思えなかった。


 ぼろぼろと、涙が落ちていく。嗚咽をこらえ、鼻水を静かにすする。無性にロネヴェに会いたかった。




 ゆさゆさと優しく揺られ、シェリルは目を覚ました。隣にはロネヴェがいて笑っている。シェリルが目を覚ましたのに気付くと、額に口付けを落とす。

 いつもの挨拶である。朝だろうと夜だろうとシェリルが目を覚ますと必ず行われるロネヴェからの「おはよう」だった。


「シェリルー

 上、見てみろよ」


 いたずらっ子のように笑う紅い悪魔に言われるまま、シェリルは上を見た。そこは遠くに天井が見えるだけだったはずであるが、今は新緑の森が広がっていた。

「暇だから描いちまった」

「すごいきれい……」

 ほう、と感嘆の溜息を吐けば、ロネヴェは嬉しそうに笑った。


「ま、ただの落書きだけどなー

 でもあんた、こういうの好きだろ?」


 床に座ったままのシェリルの肩を抱き寄せ、耳元に囁いた。シェリルは小さく頷いて答える。

「好き。ロネヴェ大好き」

「んふーシェリルはかぁいいなぁー!」


 うっとりと遠くの絵画を眺めているシェリルに頬ずりすれば、シェリルは頬を染めて口を尖らせる。

「ちょっと、やめてってば……」

「乙女の羞恥心、ごちそうさまっと」

 からかうように言うと、ロネヴェはさっと立ち上がって緋色の翼をはためかせた。コウモリのような翼が風をはらんでぴんと帆を張る。


「これ以上怒らせる前に俺は退散するぜ」

「もうっ!」

 楽しそうなロネヴェの笑い声が塔に響いた。

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