決裂
雷に打たれたかのように、シェリルは動きを止めた。言葉が出てこない。アンドロマリウスが声を荒げて続ける。
「俺は、お前がさせた事の後始末をさせられただけだ。
シェリル、自分が生まれたときから面倒を見ている子を、自らの手に掛けねばならぬ悲しみが分かるか?
秩序を保つ為、そうせねばならぬ葛藤が分かるか?
俺とお前は立場が違う。互いにこの気持ちを分かりあえるとは思っていないが、我慢の限界だ。
言わせてもらった」
アンドロマリウスの長い溜息から重苦しい感情が吐き出された。
アンドレアルフスからロネヴェを育てたのがアンドロマリウスであった事、そして同胞殺しがとてつもない罪である事を聞いていた。
シェリルはそこで分かったつもりになっていたのだ。アンドロマリウスが優しく、シェリルに接するが為に、頭から抜け落ちていたとでも言った方が正しいのかもしれない。
石化の術をかけられたわけではないのにシェリルは全く動く事ができなかった。
「お前は、ロネヴェにとって命よりも大切な存在だった。
あいつの未来は、シェリルそのものだったんだ。
少し頭を冷やして、自分の価値について考えろ」
鋭い視線をシェリルに向け、アンドロマリウスは一歩下がった。彼が少し遠くなると同時にシェリルの呪縛も溶ける。
「私は!
ロネヴェと二人で生きたかった!
彼がいないなら、私も消えてしまいたかった……っ」
シェリルの瞳から、一粒の涙がこぼれた。力なく崩れ落ち、床に座り込んだシェリルは雑に涙を拭う。
アンドロマリウスの視線はきつくなる一方で、そのロネヴェと同じ紅い瞳は冷たく凍り付いている。
「どうして、私を殺さなかったの!?」
アンドロマリウスの足下に投げかける。彼は動かない。シェリルの溢れる感情が床へと染みをつくった。
「ロネヴェの願いだったからな。
お前を生かす為に、俺はお前の術にかかった。
俺達悪魔は、魂と交換の契約は必ず守らねばならぬ。
反故にする事は許されない」
アンドロマリウスの声色に、感情はなかった。淡々と事実を言う。先ほどの感情的な言葉はシェリルの心を深くえぐったが、淡々とした言葉はシェリルの心の奥底へ淀みのように積もっていく。彼女はぎり、と歯ぎしりした。
「反故にする前に、距離を取りたい。
これ以上わがままを言って俺を怒らせるな。
殺したくとも殺せない、生殺しはごめんだ。
俺からすれば、お前こそ息子の仇だ。その事しっかり覚えておくが良い」
ああ、行ってしまう。シェリルはそう思った。
「い、行かないで!」
「っ!?」
咄嗟にシェリルはアンドロマリウスの足に纏わり付く。アンドロマリウスを怒らせて拒絶されたからか、一人になりたくないからか、単に長く共に過ごす悪魔と離れがたいのか、シェリルにも分からなかった。
シェリルは混乱した頭のまま、アンドロマリウスを見上げて睨みつけた。
「ロネヴェの命より大切な私を置いて行くのだって契約の反故じゃない!
それでも契約の範疇だって言うなら勝手に出て行ってしまえば良いわ!
せいぜい私が死ぬ前に戻ってくる事ね」
アンドロマリウスの手がシェリルへと伸びる。彼の手は、足にしがみついているシェリルの腕に触れた。強い力で解かれる。反抗したが、無意味だった。
簡単に解かれ、恨めしそうにシェリルは見上げた。
「シェリル、この街から出るなよ。
勝手に動いて死なれたら堪らん」
「!!」
見下ろしながらアンドロマリウスは迷惑そうに言い放った。普段はほとんど見せることのない犬歯まで見えた。
小さく舌打ちをし、今度こそシェリルの目の前から消えた。