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贖う者  作者: 魚野れん
第十二章 砂漠の殿下 ─帰路につく─
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日常へ戻る儀式

 アンドロマリウスが甲斐甲斐しくシェリルの世話をする。彼女はそれをただ受け入れ疲れを癒している。これはある意味、大きな出来事があった後に行う日常へ戻る為の儀式みたいなものである。

 その間ほとんど無言だが、今回もシェリルの世話をするアンドロマリウスの雰囲気はどことなく良い。


 明るい、とも楽しそう、とも表現できない。ただ、悪くはない。なんと表現すればいいのか、シェリルには分からなかった。

 しいて言うならば、穏やかとでも言うのだろうか。湯船の中にいるシェリルはそんな事をゆったりとした気持ちで考えていた。


 丁寧に立てられた泡で包まれた頭皮は、アンドロマリウスの細い指の腹でゆっくりと優しく揉まれている。こうして身を綺麗にされるのは、特別な場合でなくとも時々ある事だ。

 砂漠へ立ち入った後や、土いじりで泥まみれになった時、普段よりも汚れた時が主であるが、そういう時にはアンドロマリウスがシェリルを洗うようになっていた。


 最初に面倒を見られたのはいつだっただろうか。

 蜂蜜酒の具合を見ようとして失敗した時か。あの時も丁寧に扱ってくれていたが、今はそれ以上に至れり尽くせりだ。

 技術も上がっている。

 丁度いい力加減で頭皮の汚れや疲れを落としていく指が、シェリルは好きになっていた。


 ロネヴェも面倒を見てくれた事があったが、彼のざっくりとした性格上、繊細な指捌きは無理だった。アンドロマリウスは髪が絡まぬように配慮もしつつ、頭皮を傷つけずにしっかりと洗ってくれる。


 シェリル自身、自らを飾りたてたりする事にはあまり興味はない。身の回りに使う雑貨を作ったり研究するのは好きだが、それを使って細かく色々工夫するのは面倒だと考えていた。

 どう使えば有効に活用できるのか、そこまでは理解しているが、実行するのが面倒なのだ。


 アンドロマリウスはそれを察しているのか、どうにも面倒を見たがる。シェリルとしては手間が省けて楽であるから、それを拒絶しない。

 広い浴場に悪魔と二人きりという事に対する変な気持ちもない。最近は全身隈なく面倒を見てもらっている。

 最初の頃こそ遠慮していたアンドロマリウスであったが、シェリルが恥じらいの気持ちをアンドロマリウスに対して持っていない事に気付くと、遠慮もなくなった。


 この関係に問題があるとすれば、ごくまれにシェリル自身が「これは介護なのでは?」と思ってしまう事くらいだろう。そう思うと、人間である意識の強いシェリルは自分が、この街に住む人間の中でかなり年寄りである事を自覚せざるをえないのだ。

 シェリルとて女性である自覚がない訳ではない。できれば若くて見目が良い状態でいたいし、年齢は数えたくない。


 何度か新しい湯ですすがれて頭皮がさっぱりすると、今度は毛先へと意識が移る。シェリル自身は目を閉じて身を任せている為何をしているか、実際は分からない。

 小さな泡の弾ける音、髪がこすれる音、水の跳ねる音、それらを楽しみながら、ぼんやりと心地良い感覚に頬を緩ませた。


 そういえば、とシェリルは思考を彷徨わせる。クリサントスに触れられた時は特に気分が悪かった。触れ方ももちろんだが、それ以上に彼の存在自体が不愉快だったのだと思い当たる。

 今でも理解できない部分ではあるが、アンドロマリウスはシェリルに対して友好的な態度を取る。とても大事に扱われている自覚はあった。


 直近でシェリルに触れた事のある相手は悪魔二人と馬鹿殿下だけだ。悪魔は二人とも、不快感などなかった。これは相手の気持ちの現れだろうか。

 それとも因縁のある皇族ゆえの嫌悪なのか。

 少なくとも、クリサントスからはもう安全である。クリサントスに触れられ汚れた部分はアンドロマリウスが綺麗に洗ってくれた。


 アンドレアルフスがいないのは寂しいが、やっと落ち着いた生活が戻ってくるのだ。シェリルは安堵の息を吐いた。

2020.4.25  誤字訂正

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