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贖う者  作者: 魚野れん
第十二章 砂漠の殿下 ─帰路につく─
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家に帰る

 シェリルは順調に扉を完成させて振り向いた。その顔には汗が浮かんでいる。悪魔が扱う術式を用いたのだから、消耗が激しいのは仕方がない。

「早く通って」

 アンドロマリウスは念の為に扉の先が街へ続いているか確認する。見知った街並みが視えた彼は、リリアンヌの背を押して入るように促した。


「シェリル様、お先に失礼いたします」

 扉の向こう側へ消える直前、リリアンヌはシェリルにお辞儀する。シェリルは一瞬だけ動きを止め、二人の後を追った。




 久々のエブロージャはしんとしている。少し前までは、この街が壊滅するかどうかの危機だったはずである。しかし街の人間はそんな事などなかったかのように、穏やかに休んでいるようだ。

「シェリル様」

「何?」

 シェリルが返事をすると抑揚のない、淡々としたリリアンヌの声が続いた。


「今後の事を検討しなければなりませんので、これにて失礼いたします。

 後ほどまた改めてお伺いいたします」

「そうね、分かったわ。

 いってらっしゃい」


 アンドレアルフスがいなくなった途端、他人行儀または主従関係かのような接し方となったリリアンヌに、シェリルは寂しさを覚えながら見送った。

 彼女の姿は凛としており、カリスへの道程で見せていた姿が嘘のようだ。


 何の感情も見せぬ、人形のようなリリアンヌはクリサントスに一服盛られた時を彷彿とさせる。だが、今そのように見せているのはリリアンヌの意思であろう。

 そんな彼女の姿が見えなくなった頃、シェリルは口を開いた。


「おかえり、マリウス」

「……お前もな」


 アンドロマリウスの色が抜けきり、元の儚い色に戻ったシェリルの頭を撫でる。シェリルが彼を見上げれば、アンドロマリウスは彼女の頬に散らばる汗を拭った。

 汗に触れられたと気付いたシェリルの頬が羞恥に染まる。


「わ、私お風呂入って寝――っ!?」

 シェリルは勢いよく一歩踏み出し――膝が砕けた。アンドロマリウスが咄嗟に抱きしめて転倒を防ぐ。

 二人とも溜息を吐いて顔を見合わせると、小さく苦笑した。

 そのままシェリルを抱き上げ歩き出すと、彼女はアンドロマリウスに体重を預けた。


「帰ってきて気が抜けたのだろう。

 お前の身を賭けるような事になってすまなかった」

「別に、仕方なかったし。私は信じていたもの」

 アンドロマリウスはシェリルをぎゅうっと抱きしめる。


「だが……あの時のお前は震えていた」


 シェリルの頭に顔をうずめるアンドロマリウスの声はくぐもっていた。

「もう、そんな事良いからお風呂入りたい」

 クリサントスとの対峙で体力を消耗したし、その後ここへ戻る為の術で魔力も消耗した。

 汗だくになったシェリルは、恋人でもなんでもないアンドロマリウスにこのまま抱きしめられる趣味はない。


 結果的には何もなかったのだ。悪魔に心配される程シェリルは弱くない、そう思っていた。

 汗を流したいというシェリルの必死な形相に気が付いたアンドロマリウスは、無表情のまま浴場へと急いだ。


 普段は浴場備え付けの術式を使っているが、今日は特別だと言わんばかりにアンドロマリウスは浴槽へ手をかざす。シェリルにもうっすらと大展開する術式が見えた。

 あっという間に浴槽内は湯で満たされ、浴場は湯けむりでしっとりとした空気に包まれる。

 アンドロマリウスはシェリルを座らせ、ケルガを脱ぐように告げる。


 彼女が脱いでいる間にアンドロマリウスはシェリル気に入りの石鹸や精油、入浴剤を揃えて準備を整えた。

 入浴剤は、今回はシェリルに希望を確認して選び、石鹸と精油はそれに合わせた香りとなるように選び取る。


 シェリルも長い付き合いで彼の選択には信を置いている。彼が忙しく回る様子を見ながらケルガを脱ぎ去った。

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