限界のアンドレアルフス
アンドレアルフスがクリサントスから離れても、彼は動こうとしなかった。その様子を見たアンドロマリウスがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「では、殿下。
我々はこれで失礼しますんで、中身が抜けたらあの二人を処分してやってくださいね」
恭しく礼をするアンドレアルフスは明らかにクリサントスを馬鹿にしていた。その間にシェリルを優しく抱えたまま立ち上がったアンドロマリウスが扉に向かって歩き始める。
気を使っているのか、アンドロマリウスに運ばれるシェリルが大きな振動を感じる事はない。
二人がクリサントスとアンドレアルフスを通り過ぎる頃、アンドレアルフスも動いた。
壁に背を預けるようにしてぐったりとしているリリアンヌの背と膝の下に腕を潜らせ持ち上げる。全く反応を示さないリリアンヌの容体に顔をしかめ、足早にアンドロマリウスの後を追う。
アンドロマリウスは部屋を出ると廊下をすたすたと迷う素振りも見せずに進んでいく。翼はそのまま出している為にシェリルは気配は感ずれど、アンドレアルフスが後ろをついてくる姿は見えなかった。
ある程度クリサントスの部屋から離れた所でアンドロマリウスが立ち止まる。
すぐ近くで風が動き、アンドレアルフスがすぐ後ろで立ち止まったのだとシェリルは気が付いた。
「アンドレ大丈夫?」
「俺よりもシェリル、あんたは自分を心配してくれ」
「私は平気」
アンドレアルフスを見ようと身体を捻るシェリルに、アンドロマリウスが背後に振り向いた。
「とにかくリリアンヌは私が面倒みるから――ってすごい顔色!」
悲鳴を上げそうなシェリルに、アンドレアルフスが溜息を吐いてリリアンヌを壁にもたれかけさせた。ふら、と風に揺られるように動くアンドレアルフスを心配そうに見つめる。
「ま、今回は少し力を使いすぎた。
悪いがしばらく魔界で安静にさせてもらうよ」
大げさに息を吐いて、床に座り込む。シェリルがアンドロマリウスを押してぱっと床に下りた。
「マリウスの奴、あんたとの契約で空間繋げないから、俺が術式作ってやったんだ」
「私になら使える?」
シェリルがそう聞けば、できるできる、と簡単に頷いてみせる。そしてシェリルの手を握りしめた。
「ひゃ……っ!」
シェリルは思いの外ひんやりとした氷のようなアンドレアルフスの手に驚き声を上げる。だが冷たさに気を取られたのは一瞬で、今は違う事に気を取られていた。
空間に関する知識と今回作り出したという術式をがつんと叩き込まれたのである。
ぐわんと歪む視界にシェリルが頭を押さえる。
「あーもう無理、流石に俺も限界だ。
シェリル……エブロージャに戻るまで守ってやれなくてごめん」
シェリルの視界の端に、うっすらと透け始めているアンドレアルフスの足が見えた。
「私こそ巻き込んでごめんなさい。
助けてくれてありがとう」
「――……数百年後かな」
「!!」
アンドレアルフスは笑った。それを見つめるシェリルは今にも泣き出しそうである。
「死ぬわけじゃないから」
彼はちらりとアンドロマリウスを見、シェリルへと視線を戻した。納得しそうにないシェリルを抱きしめ背中をぽんと軽く叩く。
彼女を抱きしめれば、ぎゅっと抱きしめ返された。香しい、シェリルの魔力が漂う。アンドレアルフスはそれを一気に吸い込み、少しだけほっとしたように息を吐いた。
「大丈夫だ。もう行く」
アンドレアルフスが放した。シェリルはそのまま彼を見つめる。
「またな」
苦しいのだろうが、柔らかな笑みを作って彼は言った。その瞬間、シェリルは動く。まだしっかりとこの世界に存在しているケルガを引っ張り顔を寄せた。
アンドレアルフスは、シェリルの挑むような瞳を見たまま固まるしかない。そんな彼の唇に、シェリルは己のそれを押しつけた。
突然の事に驚き、流されるがままにアンドレアルフスはシェリルの魔力を受け取った。