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贖う者  作者: 魚野れん
第十一章 砂漠の殿下 ─殿下の策略─
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口説く殿下と断るシェリル

「殿下」

「――ほう、すぐに分かったか」

「あれとあなたでは全然違うもの」

 シェリルがそう言えば、クリサントスは確かにそうだと頷いた。天界のあれとクリサントスでは全然違う。

 クリサントスではない事を隠そうとしていた時のあれはともかく、自分らしさを出していたあれからクリサントスに変われば、誰だって気が付くだろう。


「あの者から聞いた通りだ。

 私の物になる気にはなったか?」

「全然ならないわ。むしろ余計に回避したいと思ったくらいよ」


 どうだ、その気になっただろうとでも言いたいかのような雰囲気の彼に、シェリルは否と答える。それでも彼の表情には、睨んだり眉をひそめたりといった苛つきが現れる事はなかった。


 前々からそうではあるが、クリサントス殿下という存在は自身に満ちあふれているらしい。

 雰囲気が似ているとはとうてい思えないが、天界のあれとさぞかし気が合うだろうと思わんばかりである。


 シェリルはこれからをどう切り抜けようかと思案する。しばらく沈黙が続いたが、我慢できなくなったクリサントスが口を開いた。

「私は寛大で、我慢強い。

 だが、どうやっても拒絶されてしまうならば私も強硬手段に出ねばならぬ」

「……」


 シェリルの結い上げずに流していた一房の髪をクリサントスが指で遊ぶ。彼女の顔に緊張が走る。シェリルは心の中で呪文のように、冷静になれ、と繰り返した。

 表情は相変わらずであるが、反射的に反抗しなかったシェリルを笑う。愉悦の入った声がシェリルの耳に届く。


「私はお前をちゃんとかわいがってやれるぞ」

「そういうのは求めてないの」

「わがままで気ままな女はあとで躾ないといけないが、お前は特別にこのままでも許そう」


 シェリルはより一層不快そうな表情になるのを隠そうとはしなかった。クリサントスの方は、もはやシェリルがどういう表情をしようとも楽しくて仕方がないらしい。くつくつと笑っていた。


 シェリルの方は目元に力が入り眉も寄せられ、口元は歪んでいる上に口角が下がっている。

 ひどい顔である。美しく着飾っているから余計似合わない。


「どうせ悪魔どもは間に合わぬ。

 民の事を思うのならば、私の物になるのだ」

「拒否するわ」


 シェリルはまた即答した。シェリルはまだ諦めていないし、彼らを信じている。最悪、自分の方は間に合わなくても、街の方は間に合わせてくれるはずである。

 シェリルはそこまで考えると、体の芯が冷え、胃のあたりがぎゅう、と重みを増している事に気が付いた。

 知らず知らずの内に相当緊張していたようである。


「前にも言ったとおり、私は私の物であって、それ以外ではないわ。

 だから、あなたの物にはならない」

 ゆっくりと、何を言っても無駄なのだと言い聞かせるように言う。シェリルの言葉が終わるとクリサントスは目を閉じた。


 シェリルは自分が自由に身体を動かせるか確認する為に腕を動かそうとした。動かなくはないが、随分と重たい。これでは素早い身動きはできないだろう。

 未だに術式の効果が続いている事実に小さな絶望を感じたシェリルは、小さく息を吐いた。


「逃げられないのが分かっているのに、お前は曲がらない」

「自分に正直なのが私の取り柄だもの」

「では、これから少し怖がってもらおう」


 クリサントスが近付く。シェリルは彼の顔を見つめ、動かない。彼の手がシェリルの後頭部へと伸び、結い上げている髪をまとめている髪飾りを抜き取った。

 ぱさりと微かに音を立てて長い銀糸が舞う。長時間纏め上げられていたせいか、まっすぐだった髪は緩やかな波を立てている。


「召還の腕も立ち、それ以外にも優れた術者である。

 何よりその透き通るような美しい見目の良さ。

 私はお前以上にすばらしい女を知らない」

「あなたに誉められても嬉しくないわ。

 私が愛するのは一人の悪魔だけ」


 ふい、とシェリルが視線を逸らせばクリサントスが鼻で笑う。馬鹿にする意図に気付き、シェリルは苛つきそうになるのをきゅっと口を結んだが、再び冷静になれと心の中で何度も言い聞かせた。

2018.11.17 誤字修正

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