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贖う者  作者: 魚野れん
第十一章 砂漠の殿下 ─殿下の策略─
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シェリルの消極的防御

 解放されたクリサントスは腕を回して筋肉をほぐしていた。シェリルはそれを見ながら飾りとして身に纏っていたクロマを手に巻いて、ぴんと引っ張った。このクロマは術式が刺繍されたものであるが、やはり発動しない。

 シェリルはこの重量の足りないクロマに舌打ちし、テーブルの上にあったワイン壺をひっかけた。


 ひっくり返った壺から赤い液体が流れ出ていく。美しく染色されていたクロマにワインが染み込んでいった。

 淡い青色のクロマがワインを受け止めてほの暗い赤色へと変わる頃、クリサントスの準備も終わったようだった。


「私はあまり暴力は好きではない」

「なら、私を諦めて」

「それはできない提案だ」


 クリサントスはかぶりを振ると、まっすぐシェリルへと向かって走り出した。シェリルは動かずクリサントスが拳を突き出すのを待っていた。

 彼が拳を突き出そうとする動きを察知したシェリルは、すぐに行動を起こす。


 シェリルはクロマを彼の腕に絡ませ、身を沈ませるようにしてクリサントスの方へ滑り込んだのだ。クリサントスは勢いを殺せずにそのままクロマを軸に空中で回転する。

 シェリル自身もそれを軸に身体を回転させる。

 シェリルが転がるような動作で身体をひねらせ、クロマの拘束を緩める。そうしてクリサントスの方へと振り返れば、彼はそのまま吹っ飛んだ。


 一連の流れるような動きによって、多めに湿らせたワインが絞られシェリルをまだらに染め上げていた。彼女の周りを濃厚なワインの香りが漂っている。

「甘く見ると、痛い目に遭う訳か。

 私は強い女が好きだ。ますます欲しくなる」

 クリサントスは転がったままで愉しそうな笑い声を上げた。シェリルは顔をしかめ、心底不快そうにしている。


 緩く持っていたクロマをぱん、と引っ張れば赤いしぶきが飛び、シェリルの顔を汚した。

 命の水と呼ばれる事もあるワインで汚れた彼女は人一人殺してきたかのような様相となっている。


「残念だけど、本当に好みじゃないの」


 そう言えばクリサントスはより一層大声で笑い出す。

「私の好みはそういう女だ」

 シェリルは感情に身を任せてクリサントスをクロマでくびり殺すのも悪くない、そう思ったがやめた。下手をすればこの部屋にかけられている術式によって武装解除されかねないからである。


 消極的防御とは、中々不便なものである。

 攻撃を受ける事が確定してからでなければ動けない。こちらから仕掛けられない為、言わずもがな、後手後手となり、手を読む時間も短くなる。


 シェリルはじっとクリサントスの動きを見つめていた。どんな動きにでも合わせられるように、クロマを緩く構えている。

 対するクリサントスは獲物を狙う肉食動物のように、視線だけがシェリルに向けられ、彼自身の構えはほとんど自由だった。


「いい加減に諦めたらどうなのかしら?」

「私は諦めが悪くてな」

「……あなたの先祖も諦めの悪い人間ばかりだったわ」


 突進する闘牛のような動きをするクリサントスを軽くいなしながら、シェリルはクロマを器用に操っていた。

 基本は両拳に巻き付けてピンと張って防御の型を取る、腕などに巻き付けて回転させる事であるが、時には鞭のように使って巻き付けたり動きを鈍らせたりもしている。


 今回、刺客に襲われた時よりも鞭のように使う事を控えているのは、攻撃としてこの部屋の術式に判断されたくないからであった。


 何度かクリサントスは闘牛のように突っ込んできたが、その度にシェリルはクロマで転がしていた。

 その内にじわりとにじり寄るようにして近付いてくる。


 クリサントスもある事に気が付いたらしい。シェリルのクロマでの反撃は、彼自身の力を利用したものである、という事に。

 そうしてクリサントスが思いついたのは、近寄る速さを遅くし、なるべく己の力以上に力を発揮しないようにする事だった。

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