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贖う者  作者: 魚野れん
第十一章 砂漠の殿下 ─殿下の策略─
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甘さと犠牲

「商館の主殿に図星を指されたからって怒るなよ、馬鹿な兵だなぁ」

 偵察をかって出た人間の一人である。彼はまだ少年である。足の速さと小柄だという事で選ばれたらしい少年は、幼い故に怖いものなしであった。

 両腕を拘束され、両膝をついた状態の彼は、先ほどの発言に振り向いた兵に唾を飛ばした。


「どうせお前らも、クリサントスの殿下も、シェリル様達より格下なんだからほえるだけ無駄だっての」

「だまれこの……っ!」


 怒りに我を忘れた一人の兵士が少年の顎を蹴り上げた。鈍い音を立て、少年は後ろへと勢いよく倒れていった。アンドロマリウスの表情が歪む。


「ジャック!」

 少年の名を人質になっている住人が各々に叫ぶ。そんな彼らを、忌々しそうな表情をした兵士が地に転がした。


 少年が殴られた所で、交渉決裂だと言って待機している兵の一部を昏倒させようと考えていたが、己の考えの甘さに舌打ちする。

 少年は倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。


「隊長さんよ、この子の責任……どう取ってくれるんだ?」


 アンドレアルフスが、やや軽めの口調で問う。頭の回る人間ならば、その軽さが何を意味しているか予想がつくだろう。

「殿下をおとしめるような発言をしたのが悪いんだ!」

「黙れ馬鹿野郎」

 蹴り上げた男の反論を、隊長が黙らせた。流石にやりすぎだと認識しているのか、アンドレアルフスの言外の意味を察したのか。


 隊長が彼らを今まで殺さずに、ただ縛るだけで何事もなく置いておいた理由はただ一つ。悪魔を暴走させない為である。

 クリサントスがシェリルを手中に収めるまで、悪魔を怒らせてはいけないのだ。怒らせる材料を作り、それに因縁つけられて暴れられたら、ただの人間がかなう相手ではない。

 だが、それを部下は理解していなかった。


「お前、その少年をよく見てみろ」

「……?」

「ほとんど即死だ」


 少年は顎を勢いよく、深く蹴り上げられ頸椎をひどく痛めたようだ。普通ならばそこまでいかない。顎が砕けて動けなくなったり、せいぜい脳震盪を起こすくらいである。

 だが、体格差と角度、少年で身体がまだしっかりとしていないといった様々な要素が重なったのだろう。

 あの元気で威勢の良い、怖いもの知らずの少年が起き上がる事は二度とない。


「よせ」

「これくらいで死んでちゃ様ぁねぇな」

 隊長の制止も聞かずに、足で少年をぐりぐりと押さえつける。力なく倒れている少年は、ただそれに対して力なく揺れて答えた。


「そうか」


 アンドロマリウスは少年が辱めを受けている事に大きく反応した素振りは見せなかった。アンドレアルフスも同様である。

 その反面、二人は心中では煮えたぎる思いであった。だが、今それを表に出しては交渉にならない。


 そもそも二人とも、彼ら兵士と交渉する気はなかった。交渉する素振りを見せ、途中で相手を恐怖で操るつもりであったからだ。

 今ここで大げさに反応すれば、残りの人間が危険にさらされる。それだけは避けたかった。


「ならば、奥にいるあいつらが俺の指先一つで死んでしまっても仕方ないな」


 アンドロマリウスはそう言うなり、彼らの後方に見える待機中の兵を指さした。

 指を横にすっと動かすと、その動きに合わせて兵士が倒れていく。言葉通り、指一本で倒れていく兵士達に隊長が声を上げた。


「止めてくれ!」

「なぜだ?」


 アンドロマリウスはあえて首をかしげ、アンドレアルフスを見た。アンドレアルフスはその視線を受け、愉快そうに顔を歪めた。

「俺達は、別にあんたらが全員死のうがどこかに行こうが構わないんだ。

 ただ、俺達の縄張りを荒らされたくないだけさ」

 そして今度はアンドレアルフスが奥を指さす。

「……もう少し減らしておくか?

 これっぽっちじゃ、撤退する大義名分にならないよな」

 新しいおもちゃを見つけたような軽さでアンドレアルフスは笑った。

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