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贖う者  作者: 魚野れん
第十一章 砂漠の殿下 ─殿下の策略─

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戻らぬ斥候

 短い言葉で物事を伝えるには頭を使う。一呼吸置いて言葉を繰り出し始める彼らは、少しだけ冷静さを取り戻したようである。


「力のある者を選び出し、偵察に数人出て行ったんだが戻らない」

「小柄な者数人、日が暮れるのを待って出て行ったんだ」


 日が暮れてから、すでにかなりの時間が経っている。訓練されていない斥候など、できる事は限られている。せいぜい見つからないように遠くからどこにどれくらいの人数がいるかを確認するくらいだろう。

「偵察って、具体的に何するつもりだったんだ?」

 アンドレアルフスが指摘すると、人々は不安そうに首を傾げた。

 アンドレアルフスはその様子に深い溜息を吐いた。


「捕まっているとしたら、まずいな……」

「……あの、シェリル様は?」

「召還術士様は、殿下と交渉中だ。

 どうやらこの街が天秤にかけられていたようで、慌てて代わりに戻ってきたのさ」


 彼らはざわつき、不の感情が辺りを包み込んでいる。情報を隠しすぎても、現状をそのまま伝えすぎても、結局は変わらない。アンドレアルフスもそれは承知の上であった。

 頼りの綱である彼女の姿が見えないのだ。信頼ある人物が代理でも不安なのは仕方ない。


「あんた達は街中に戻るんだ。

 後は俺とアンドロマリウスでどうにかするから」


 彼らは小さく言葉を交わしながら頷き、街へと歩きだした。遠ざかっていく負の気配に小さく息を吐き、アンドレアルフスは後ろで待機していたリアンに声をかけた。


「おまえも戻りなさい」

「え、ですが……よろしいのですか?

 主様、顔色が悪いです」

「構わない。巻き込みたくないし」


 リアンは心配そうに見上げ、しばらく様子をうかがっていた。だが、アンドレアルフスの表情は変わらない。やや険しくも、リアンを見つめる瞳は柔らかだ。


「わかりました。

 俺、リリアンヌもですが……我々一族はあなたと共にあります。

 会えずとも、それは変わりません。いつまでもお待ちしています。

 ちゃんと戻ってきてください」


 リアンは、アンドレアルフスが街を守ったらしばらく姿を消すつもりである事に気が付いているらしい。せっぱ詰まった表情で、早口で言った。

「リアン、ありがとう」

 リアンはきゅっと眉を寄せながら、口角を上げた。本人としては微笑もうとしているのだろうが、うまく笑えていない。

 アンドレアルフスはくすりと笑い、少年を抱きしめた。


「良い子にしているんだよ」

「はい」


 リアンの額に口づけ頭を撫でた。

「事は急ぐから、これでさようならだ。

 後は任せたよ」

「はい……お帰りお待ちしています」

 アンドレアルフスはリアンから離れ、闇に溶け込むように消えた。リアンはその誰もいなくなった空間を、ただその場から動くことなく見つめていた。




「光の主はお前か」

 空に翼を広げて浮かんでいるアンドロマリウスに臆することなく偉そうに話しかけてきたのは、ヒポカに乗った隊長らしき人物だった。

「そうだ」

 アンドレアルフスは高度を下げ、互いの顔が見えるように光球を掲げた。隊長は若い男であった。どちらかと言えば優男風の、だが堅い雰囲気があり、それなりに兵を率いて経験を積んできた様子が見受けられる。


「お前は、察するにアンドロマリウスという悪魔か」

「そうだ」

「意外だった」

 にこりともせず、男はアンドロマリウスを見つめた。その瞳には緊張の色が僅かに見える。


「時間稼ぎに、守るべき街の人間を使うとは俺も思っていなかった」

「……何だと?」


 話が分からず、アンドロマリウスは聞き返した。アンドレアルフスが確認したい事があるとは言っていたが、何かを当て馬にけしかけに行ったとは考えられなかった。そもそも時期が合わない。

 彼の背筋を嫌な予感が襲った。アンドレアルフスは、これを気にしていたのかもしれない。刺激しすぎないように気をつけながら、アンドロマリウスは男に問いかけた。

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