クリサントスの耳飾り
「本当に残念だったわね」
シェリルはゆっくりと一歩ずつ足を進めた。その先には倒れ込んだクリサントスの姿がある。
「さっき投げた指輪だけど……」
彼女の足下に、指輪に反応してクリサントスが投げた髪飾りが落ちている。それを手に取って確認してみれば、その髪飾りには力が残っておらず、ただの装飾物になっていた。
「衝撃を感じた途端に発動する仕組みだったの」
クリサントスの腕を持ち上げ、彼の腕を飾りたてているいくつもの輪を外す。彼の腕輪はしゃらしゃらと金属音を立てながら、シェリルが持っている紐でまとめられていった。
もちろん指輪を外すのも忘れない。
全ての飾りを取り外し終わる前に、一度クリサントスの目が開いた。
「……なぜ拒む」
「私があなたのものじゃないからよ」
ぱちんと軽い音と共にシェリルの指輪が落ちた。真っ二つに割れたのである。彼女は気にするそぶりも見せず、クリサントスをただ見つめた。
「わ、たし……は――」
「……はぁ」
再び意識を失ったクリサントスに小さく溜息を吐き、シェリルは彼の耳飾りを外しにかかった。
小さな宝石がいくつも連なったそれが、シェリルの指を輝かせる。彼女はその光を忌々しそうに見つめる。
ただの宝石ではない。シェリルの指輪と同等、もしくはそれ以上に高度な術式が組み込まれているのだ。腕輪や他の装飾品にも術式が組み込まれた物は多くあった。
それらの中でもひときわ優れた代物である。
恐らくこれがシェリルの術式を弱めていた元凶だ。シェリルは彼から奪った布で耳飾りを丁寧に包み込んだ。
「残りは4つか……
後は結界系ばかりだし」
シェリルは自分の手を見て溜息を吐いた。どう考えても数が足りない。アンドロマリウスが戻ってくるのは夜明け後であろう。リリアンヌの覚悟に報いる為、シェリルも覚悟を決めたはずだった。
だが、この間抜けな殿下に妥協してやるつもりはない。どうすれば、無事に切り抜けられるか。シェリルは自分の纏う布へと手をかけた。
「見晴らし良いだろ?」
「……そういう問題じゃない」
悪魔二人は住み慣れた街へと戻ってきていた。扉の向こう側は、商館の屋上だったのである。背の高い建物である故に、ここならば突然何かが現れようとも見つかる事はない。
この街から兵は引いているようである。その代わり、彼らは砂漠で待機していた。
正確な数は分からないが、少ない人数ではない。この街を破壊するには十分であった。
「まずは宣戦布告だな」
そう言うなりアンドレアルフスが屋上から飛び降りた。
アンドロマリウスはすぐに翼を広げ、街の端まで羽ばたいていく。アンドレアルフスの方はそれを追いかけるように空を走った。
彼の跡が小さな煌めきとして夜空に残る。アンドレアルフスは魔力の節約を止めたようだった。
悪魔二人は街から出ると、そのまま空中に浮かんでいた。アンドレアルフスが手のひらに光球を作る。
不自然に現れた光に、クリサントスの兵が気が付いた。
2018.11.17 一部修正