変わり種の理由 *
「は?」
奇しくも、別室にいるシェリルとクリサントスが目を見開いたのは同時だった。
「リリアンヌは両性ですって?」
「……それで、変わり種、と」
シェリルが複雑そうな表情を浮かべた。アンドロマリウスが理解した、といった様子で小さく頷いている。
「両性具有だが、あれは基本的に女だぞ。
問題でもあるのか?」
「ここの皇族は両性具有に優しくできていないわ。
多分、アンドレが思っている以上に危険かも」
シェリルは歴代の皇達を思い浮かべる。彼らは皆、結構な女狂いであった。同性に対しての戯れはシェリルの記憶の中では存在しなかった。
「というか、男は自分だけで良いって思ってるタイプよ」
「……まずいな」
アンドレアルフスが眉を寄せ、険しい表情に変わる。今まで自分の商館から女を偶に貢いでいたのではなかったのか。
「今回は活きの良い、変わり種が欲しいって言ってたからてっきり趣旨替えでもしたかと思ったんだ。
だから思いっきり変わり種を選んだんだが、裏目に出たか」
頭をぐしゃっと乱雑に掻き、苛立だしそうに息を吐いた。
リリアンヌは、想定外の出来事に困惑していた。いや、困惑というよりは危機感を感じていた。
「……私は女が良い。
私が望んだのはおかまじゃない」
このままでは時間稼ぎになりもしない。どうにかシェリル達が街を守る為の良い手段を考える時間を稼ぎたかった。
「きつく縛り上げて、見えぬようになれば殿下も気にならなくはなりませぬか?
この、珍しい身体を殿下に捧げたいのでございます」
リリアンヌは自らの身体に纏っているケルガの巻き方を変えた。何も知らぬ者が見たら、さぞかし美しい女性に見えただろう。
「まぁ、悪くはないな。
試してみようかと思うくらいには」
「……ありがたき幸せにございます」
彼女は花のように微笑むとクリサントスにすべてを委ねたのだった。
アンドレアルフスがクッションの聞いたふわふわの椅子へとめり込む。
シェリルがその隣に腰を下ろせば、アンドロマリウスはその向かい側へと座った。
「リリアンヌの奴、死んでなけりゃ良いんだがなぁ……
立ち回りがうまいから、心配ないとは思うんだが」
頭を抱え込んだアンドレアルフスの頭を撫でる。柔らかな金糸がシェリルの指から逃げていった。
「リリアンヌなら……多分、大丈夫。
それより遠い街の事を考えないと」
シェリルのしっかりとした物言いに、アンドレアルフスが頭を上げた。
「あんたの言葉は嬉しいが、あの一族の命には俺に責任があるのさ。
だから、やっぱり心配な気持ちは変わらねぇよ」
「……」
力なく笑うアンドレアルフスに、シェリルは気にしないで良いと強ばった笑みで答える。そんな様子を向かい側で見ていたアンドロマリウスが口を開いた。
「あの殿下が居なくなればいいのだろう?
それだけで済むのなら、すぐ終わるぞ」
アンドロマリウスのすぐに終わる、とは二人にも想像がついた。彼は不愉快そうに顔を歪ませていたが、どこか微笑んでいるようにも見える。悪魔らしい一面に、シェリルは一瞬動きを止めた。
「――いつの間にそんな物騒な思考になったの?」
「先に物騒な事を言ってきたのは奴だろう」
言われてみればそうである。だが、皇族を殺めるのは良策とは言えない。それはアンドロマリウスだってわかっているはずであった。
「俺は、謀るのは好きだが、謀られるのは好きじゃない」
「あいつを殺ったら、後でシェリルが困る事になるぞ」
アンドレアルフスの言葉に、アンドロマリウスの目が泳いだ。“自分が気に食わない”という感情で動こうとしていたのに気が付いたのだろう。
「……なるべく穏便な手段を考えよう」
彼は視線をごまかすように、肘をついて目を閉じた。