クリサントスの望み
シェリルは目を反らしたら負けとでも考えているのか、そのままクリサントスを見つめている。一方クリサントスは彼女の視線を受けても変わらぬ様子である。
「私は、お前達が欲しいのだ」
クリサントス以外の視線が凍りついた。シェリルは表情が変わらぬよう、平常心を保つよう努めているのが分かる。真っ先に平常心へと返ったアンドレアルフスが口を開く。
「我々に殿下が欲する程の価値があるとは思えませんが」
彼は意外だとでも言うかのように、驚いた様子で言った。シェリルは黙ったまま、その流れを見ている。
「だって、自分で言うのもなんですけど、辺鄙な街の商館を運営している人間と、その街に住む小さな召還術士ですよ?
価値となる程の物は持ち合わせちゃいませんよ」
シェリルが過去にこの城の中でやらかした事などなかったかのように、しれっと言い放つ。しらを切るアンドレアルフスにクリサントスが眉をひそめた。
過去のあれこれを知っているようである。
「お前達に価値があるかどうかは私が決める事だ。
どう思っていようが関係ないな」
「私はあくまでエブロージャの召喚術士。
殿下のお言葉はありがたいのですが、お断りいたしたく」
相変わらずアンドレアルフスではなくシェリルの方を見たまま会話をするクリサントスへ、シェリルが割り込んだ。断りの言葉を入れた割には彼の表情は変わらない。
断られる事を前提に話を進めていたようである。
「断りたいと言うのは自由だが、断れるかどうかは別だと分かっているか?」
「……」
シェリルの視線とクリサントスの視線、互いに素通りしていた視線が絡まった。
「エブロージャがなくなっても、そう言えるのか?」
「……殿下、お戯れを。
そこまでして手に入れるだけの価値はありません」
シェリルがぎり、と歯を軋ませた。隣に立つアンドレアルフスだけがそれを聞き取り、ちらりと彼女を見やった。
案の定、シェリルは殿下であるクリサントス相手に睨めつけている。
街へ対するシェリルの執着を見たクリサントスが満足そうに頷いた。
「まあ、私は呼び寄せた活きの良い彼女と遊んでこよう。
その間に考えておくんだな」
手招きされたリリアンヌがクリサントスの隣に立つ。彼女は優雅な笑みを作り、彼が差し出してきた手に己の手を重ねた。リリアンヌの手の甲へと口付け、意地の悪い目を向ける。
「お前、本当に活きが良いんだろうな?」
「変わり種、という意味でしたら……想像以上かと思いますわ」
リリアンヌのはっきりとした言い方にクリサントスは目を細めた。そして何も言わずにリリアンヌを連れて部屋を出て行ってしまった。
クリサントスの気配が遠のくと、シェリルが嫌そうな顔で小さく叫んだ。
「なんなのあの男っ」
存外に、街を滅ぼし流浪となるか、街を残し城に入るか、どちらかを選べと言い放ったのだ。シェリルが怒るのも仕方のない事である。
「あんたの怒りは分かるけど、これからの事を考えねぇとな。
あの殿下が“どういう意味で欲しがっているか”によっても変わってくるぞ」
シェリルは俯いた。自分がこれからどうすべきか、考え込んでいるのだろう。後ろに立っていたアンドロマリウスが口を開いた。
「アンドレ、リリアンヌは大丈夫なのか」
「ああ?」
クリサントスに連れて行かれた彼女を心配する声に、アンドレアルフスは不思議そうに聞き返した。振り返れば、深刻そうな表情の悪魔がいる。
「心配いらねぇよ。あれは刺激的な奴だ」
「……?」
アンドレアルフスのしたり顔に、今度はアンドロマリウスが不思議そうに首を傾げたのだった。