気合の入った殿下
紅い宝石を見ていたアンドレアルフスは不快そうに目を細めた。これに気が付いたのはアンドロマリウスであった。視線を浴びているシェリルは俯いて考え込んでいるせいか、気が付いていないようだ。
リリアンヌは主の雰囲気を察してそっと離れていく。
「……何だ」
「あんたの神経が分かんねぇって思っただけさ」
シェリルの目の前に立ったまま、アンドロマリウスは不満そうに鼻を鳴らした。彼女の隣に座っているアンドレアルフスは冷えた眼差しで彼を見上げる。
頭の動きにあわせてクジャクの羽を模した耳飾りがしゃら、と音を立てた。
「……困惑させてどうする。」
「俺に守られるよりあいつの方が良いだろう」
「――んなこたねぇと思うぜ」
アンドレアルフスは手に顎を乗せて長く息を吐いた。
「来ます」
不穏な空気を避け、扉の近くをうろうろとしていたリリアンヌが三人のもとへ早歩きで戻ってきた。考え込んでいるシェリルも、緊張感の漂う空気に気が付いて頭を上げる。
「待たせたな。
はるばるカリスまで、ようこそお越しになった」
やや褐色の、若い男が現れた。口調からすると、彼がクリサントスのようである。水に恵まれた大地のような色のくせっ毛を編んで束ね、器用に飾っている。
彼はまだ皇ではない。その代わりに次代の皇の証としてサークレットを付けていた。
ステパノと呼ばれる皇族にのみ許された、平坦な指輪のような形をしているサークレットの中心には、新緑の宝石がはめ込まれている。
シンプルではあるが、精錬されているものだ。他にも皇族特有の装飾物をよく身に付けている。
この皇族を知るシェリルやアンドレアルフスには、普段以上に着飾っていて気合いの入っている殿下の様子が伝わってきた。そこまでする程の存在がここにいるわけではない。必要以上の装いに、シェリルは警戒心を強めていった。
いつまでも皇族を眺めているわけにはいかない。座っていたシェリルとアンドレアルフスが立ち上がり、近くまで移動した。付き人らしくアンドロマリウスとリリアンヌがその後に従う。
「お招きいただきありがたく存じます」
シェリルが深く腰を沈め、クリサントスへ最上級の礼をする。合わせて三人も同様に礼をした。
「良い。気にするな」
クリサントスが片手を掲げて制し、満足そうに頷く。彼も他の先祖と同じく、自己顕示欲の強い人間なのだろう。と、彼に控えめな笑みを浮かべながらシェリルが判断した。
それにしても、何なのだろうか。注がれる好奇心や期待感、様々な感情の入り交じった視線がシェリルの心を暗くする。もちろん視線を送ってきているのは皇子だ。
そういった感情を当てられるのは慣れているはずのシェリルだが、この目の前に立つ男の先祖とは因縁がある。元々好意的な感情のない人間からのものは、ただ気持ち悪いだけだ。
「ところで……辺境の地にいる我々をお呼びになったのには、理由がおありですか?」
アンドレアルフスが艶やかな笑みを見せる。一瞬の内にシェリルへの執拗な眼差しは消え去り、それはアンドレアルフスへの冷ややかな眼差しへと変わった。
割り込んできたアンドレアルフスをクリサントスが警戒したのであろう。そんなあからさまな表情を無視して彼は言葉を続けた。
「昔、先代にご招待いただいた時、道中で何も起きはしませんでした。
ですが今回は移動する先々で、不穏な事によく巻き込まれましてね……
殿下が我々をお呼びになった理由が関係しているのかと思ったのですよ」
シェリルは表情を変えずにアンドレアルフスを見つめる。シェリルがかけた術のお陰で恐怖感を感じない、ただ美しいだけの笑みが見えた。
シェリルは一瞬、術を切って本来の笑顔をクリサントスへ見せてやろうかという考えが浮かぶ。
術を切った先に見える未来は面倒なものばかりだった為、その考えを隅に追いやった。
暫く黙っているクリサントスの反応を見ようと視線を動かせば、彼と目が合った。シェリルは心の中で舌打ちした。