勝手な印象
サシャが勧めた食堂へ向かうと、そこにはエレナがいた。
「おはようございます、みなさま」
「こんな所にもいるのか」
アンドロマリウスが半眼で彼女を見た。
「私もいるわよ」
ひょっこりと色白の女が奥から顔を出す。サシャである。彼女はちゃんとケルガを身にまとっていた。にこにこと笑うサシャは昨日とは別人のようである。
「お二人とは初めてね。
私はサシャ。この街の長をしているのよ」
「はじめまして」
シェリルは固い声で挨拶をし、自分よりも色素の薄い彼女をまじまじと見つめた。先ほど知らされた、あの魔力を搾取する仕組みは彼女が生み出したのだろう。
そう思えば、見た目はシェリルと同じく魔力を持つだけの人間だが、中身は恐ろしい悪魔じみた人間であるように感じられたのだ。
そんなシェリルに対し、リリアンヌの方は適当に挨拶をして、興味なさそうな態度を取っている。
「昨晩、二人を呼び出すように指示をしたのは私なの。
あ、今日の朝ご飯はこれがおすすめよ」
注文も聞かずにさっさと朝食を配膳してくるサシャは、昨晩一緒にいた悪魔二人からすれば慣れたものである。彼らは何も言わずに配膳されたものに手をつける。
その様子を見たシェリルはそれに習うようにしてサラダにフォークを刺した。
「これ、サシャが作ってんのか?」
「私も作るけど、エレナが中心よ。
私ってばお寝坊さんだから」
ふふ、と笑う彼女に昨晩の片鱗を見たアンドレアルフスは押し黙る。どことなく不穏な空気を感じたシェリルは、サラダを口に運ぼうとしていた手を休めて口を開いた。
「あの術式だが、もう少しどうにかならないのか?」
「あの術式って?」
サシャが首を傾げ、不思議そうに言う。シェリルは出す話題を間違えたかと一瞬戸惑ったが、出してしまったからには戻せない。
悪魔と交渉するかのような緊張感で、彼女は口を開いた。
「部屋のこれ」
シェリルが指で空に術式を描き、アンドレアルフスがしたように光らせる。空の術式を見てサシャが声を上げた。
「あなた、良く見つけたわね!」
嬉しそうな様子を見せるサシャに、自分が見つけたのではないと言えなかった。そんなシェリルは曖昧に返事をし、代わりに術式を組み替えて見せた。
「一定以上の魔力を持つ人間にだけ作用するように変えた。
これで魔力のない人間は安全」
「たまに、休んだ気がしないって言われる事があったから気にはなってたの。
でも、これを止める訳にはいかないから助かるわ!」
あっけらかんと言われ、シェリルは気が抜けた。術式を導入したのは彼女だが、誰かに害を成してまでこの街の利益を望んでいるわけではないようだ。
シェリルは勝手に悪魔のような女だと決めつけてしまっていた事を、心の中でこっそりと反省したのだった。
食べようとしていたサラダを改めて見ると、小粒のブドウが入っている。皮ごとそのまま口に含めば、皮がはじけて香りが広がった。さっぱりとした酸味がちょうど良い。甘味はそこまで強くはなく、おそらくサラダ用にわざわざ作られた品種なのだろう。
今まで食べた事のない珍味にシェリルの口元が緩む。工夫を凝らせば庭でも育てられるかもしれない、などと夢を膨らませた。
「……おいしい?」
サシャの問いに、シェリルは正直に頷いた。彼女は顔を輝かせた。シェリルが思っているより、何倍も良い子なのだ。
「……育てるのは、やはり難しいのか?」
「これは環境さえ合えば大丈夫よ。
もし良ければ何本か譲るわ。
あのマーク、術式だっけ……あれを良くしてくれたお礼に」
心を見透かされたように感じたシェリルであったが、おいしい夢には勝てなかった。少しだけ、逡巡するかのように押し黙ったが、最後には小さくお願いしますと答えたのだ。
2021.7.4 誤字修正




