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贖う者  作者: 魚野れん
第十章 砂漠の殿下 ─カリスへの道─
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サシャの仕組み *

 奥へと案内された先には、テーブルと椅子、そしてコーヒーセットが用意されていた。濃厚な魔力の香りの代わりに、コーヒーの香りがしている。

「ふふ、さっきこの部屋の換気を良くする時に用意しておいたの」


 サシャはにこりと微笑むと、さっさとコーヒーを三人分に分け始めた。

 沈殿した豆が入らないよう、ゆっくりとカップへ注ぐ。焼き物の器が黒い液体で満たされる。


「どうぞ」

「……」


 二人は差し出されたコーヒーを口に含む。サシャは甘党なのか、かなり甘いコーヒーだった。

「私が何者か、ここがどういう仕組みか知りたいのよね?」

 彼女は薄い布を肩まで羽織り直し、カップに口付けた。アンドレアルフスは疲れている様子を隠そうとせず、深く息を吐く。


「まずは私についてかしら?

 私はサシャ。あなたたちは分かっているかと思うけど、人間よ」


「普通の人間には見えねぇけどな」

 サシャはくすくすと笑って、半目のアンドレアルフスを見た。形の良い、ふっくらとした唇が弧を描く。

「昔は普通の人間だったのよ。

 でも、私がここを変えたの。

 昔のままだったら、あなたたちはすごいワインを飲まされる羽目になっていたわ」

「話が読めないな」


 アンドロマリウスは黒い液体を見つめている。アンドレアルフスはすでに口付ける事を止めた飲み物である。憂鬱そうな自分の顔が映り込んでいた。

「昔はこの街にすむ処女をワインに漬け込んで、出汁を取っていたの。

 血を抜いて真っ青になった処女が、真っ赤なワインが入っている樽の中に沈んでいくのよ。

 ふふ、ぞっとするでしょう?」

「……」


 ぞっとする話をしているとは思えない程明るい声に、悪魔二人は閉口した。

「頃合いになったらワイン漬けの処女を取り出して、血を少し加えて熟成させるの。

 もちろん血は新鮮なものよ。

 当然何人いても足りなくて大変だったわ」

 懐かしむように目を閉じ、コーヒーを飲む。


「そんな作り方を、私が変えたの。

 迷信じみたものに頼るんじゃなくて、知識を増やしてね」

 サシャが立ち上がり、羽織っていた唯一の布をぱっと放した。薄いそれは、ふわりと漂いながら落ちていく。

「私のおなかにあるこれ、他者の魔力を私の身体に溜めるものなの。

 近くにいるだけでも吸っていくんだけど、やっぱり直接触れている方が吸えるわね。

 魔力の受け取り方は、悪魔と同じよね」

 

 アンドロマリウスは、サシャの腹部に描かれた術式を観察した。魔力の循環を目的とした式に、誰が知恵を貸したのか、魔力を体内に封じ込める為の式が加わっている。

「よく死ななかったな」

「死んでたまるかって思ってたから、かしら?」

 アンドロマリウスの素直な言葉にサシャが笑う。

「まぁ、簡単には死ねなくなっちゃったみたいだけど。

 今は魔力のあるカリスの貴族の相手をして、ここの設備を運営してるわ」


 簡単には死ねない、という言葉にアンドロマリウスは召喚術士や魔女などの魔力容量の多い特殊な人間を連想した。彼女の場合、腹部に描かれた術式があるからこそ、特殊な人間と同等の存在になったとでもいうのだろうか。

「その魔力、使いこなそうとは思わなかったのか?」

「魔力の使い方って何?」


 小さく首を傾げる少女は、本当に知らないようである。すっと目を細め、心の揺れを推し量ろうとしたが、何も感じられなかった。

「分からないなら気にするな」

「どうせ、今の生活が気に入ってるんだろ?」

 アンドレアルフスも口を挟む。アンドロマリウスの、と言うよりもアンドレアルフスの言葉に反応したらしいサシャがぱっと笑みを浮かべた。


「もちろんよ。

 これは私にしかできない仕事だもの!」

 他者の魔力を勝手に奪う少女であるが、悪気も何もないらしい。

「お金と魔力をもらう代わりに、気持ち良くさせてあげるの。

 あなた達からも、お金はいらないから魔力だけ欲しいくらいよ」


 自らの肢体を両手でなぞるように沿わせ、色を主張する。本気ではなさそうだがゆっくりと身体をくねらせ、アンドロマリウスへとしなだれた。

 自分のしている事に自覚はあったのか、とアンドロマリウスが心の中で呟いた。すると、アンドレアルフスから面倒な奴に絡まれたな、と返事がきた。

 直接語りかけてきたアンドレアルフスの言葉はサシャには届かない。

 相変わらずサシャはアンドロマリウスをふざけ半分に誘惑していた。

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