食べ物屋が多い街
翌朝、目を覚ましたシェリルの視線に、リリアンヌの寝顔が入る。安らかな寝顔からは昨晩何かがあったとは思えない。
「……」
シェリルはじっとリリアンヌの顔を見つめた。昨晩は割り切る事など難しいと思われたが、彼女の穏やかな寝顔を見つめていると、できそうな気がした。
シェリルの頭の中では、未だに犠牲、身代わりといった言葉がちらついているのは事実である。しかし、リリアンヌにとってみれば、あの行動は普通の事であり、当然の判断だったのであろう。
日が昇り始め、テントの中は自然の光で満たされていく。アンドロマリウスが暗闇でも危なくないようにと灯した魔力の光ではない、あたたかな光である。
シェリルは横になったまま、ゆっくりと流れていく時間をリリアンヌの寝顔を見ながら過ごした。
いつの間にうたた寝したのか、シェリルが意識をはっきりさせた時にはリリアンヌの姿は見えなかった。辺りは既に明るく、完全に日が昇っていた。
慌てて起き上がれば、背後で「わっ」と驚く声がする。リリアンヌの声である。
「びっくりした……まだ寝てるのかと思って、起こそうとしてた所よ」
「ごめんなさい、目の前にいると思ってたから寝坊したと勘違いしちゃったの」
シェリルの言葉にリリアンヌは吹き出した。シェリルが 拗ねたように口を尖らせる。
「おはよう、シェリル。
寝坊ではないけどそろそろ起きる時間ね」
「……おはよう。
リリアンヌより絶対早く起きたと思ったんだけど」
シェリルは立ち上がると背伸びをした。リリアンヌはシェリルが立ち上がったのを見るとテントの外へと出ていった。
シェリルがその後に続けば、悪魔二人が待っていた。
「よう、お寝坊さん」
「……アンドレ」
じと目で彼を見つめるシェリルの頭をアンドロマリウスが撫でる。
「シリル、別に問題ないから大丈夫だ」
アンドロマリウスに言われ、今の自分はシリルだったと思い直したシェリルは、表情を変えた。
無表情に近い、だが真っ直ぐな視線を送る彼女は、いつものシェリルである。アンドレアルフスは心の中で安堵の溜息を吐いた。
「はーっ!
せいせいしたぜ」
アンドレアルフスが伸びをした。夕日が落ちる前、ようやく次の街に辿り着いたのである。アンドロマリウスが交渉した為、最初の契約よりも多めに報酬を受け取り、懐もあたたかい。
他の傭兵とも別れ、四人だけの旅に戻った彼らは傭兵姿のまま、街をぶらつく事にした。
この街は特色のある街ではないが、食べ物屋が比較的多い。旅の途中で立ち寄るには、とても良い街である。
露店は一つもなく、全ての店が建物で経営している辺り、中々儲かっているようだ。また、露店でないから凝った料理も多そうである。
早速四人は食事をするべく店探しを始めたのだった。
「ここはどう?」
シェリルが指差したのは、一軒の酒場だった。
「このナリだと、こういう店が似合いだし丁度良いんじゃねーか?」
アンドレアルフスが頷きながらシェリルの提案を肯定する。だが、アンドロマリウスとリリアンヌの反応はいまいちである。
「絡まれそうで面倒だ」
「あたし、こう見えて下品なの苦手なんだけど」
「リリ、嘘つくなよなぁー」
あら、バレた? とリリアンヌが不敵に笑う。どうやらリリアンヌは別にどちらでも良かったらしい。
「じゃ、ここで決定な」
アンドレアルフスが先頭切って店へと入って行った。