リリアンヌの夜*
夜明けまであと少し、という時間。テントへと入ってくる影があった。リリアンヌである。彼女は革鎧を手に、ケルガを適当に体へと巻きつけた姿であった。
しっとりとした、独特な雰囲気を纏うリリアンヌは情事の香りを感じさせた。
「あら……ふふ」
シェリルが用意しておいた水に気付き、リリアンヌが笑みをこぼす。彼女は革鎧を静かに置き、水瓶を持ち上げる。
かなりの重量があるだろうそれを、中身をこぼさぬようゆっくりとテントの外へと運び出した。
リリアンヌはもう一度テントの中へ戻ると近くにある手桶替わりに使える器などを持ち出した。
水瓶を少し傾ければ、中の水が小さな器を満たす。リリアンヌはその器の水でケルガを濡らし、自らの体を拭き始めた。
暗闇の中、唯一の光は水を反射するほのかな月明かりである。揺らめく水の明かりは彼女の体の一部を淡く照らす。揺らめく光を受けた彼女は妖魔のようであった。
腕を拭い終えたリリアンヌは、大きくはないが形の良い胸の膨らみを丁寧に拭う。水に濡れたケルガは彼女の体のあちらこちらに付着した乾ききっていない体液をからめ取る。
すぐにべとつき始めるケルガであるが、布面積は広い。汚れた部分を避けて、拭い続けた。そうして一通り拭い終えたリリアンヌは、汚れたケルガを洗い始めた。
数回すすぎ、大体の汚れを落としたケルガで再度全身を拭う。最後に立ち上がり、水瓶に残った水をかけ流す。
ケルガは捨てる事にしたらしい。ケルガをテントの端に放り、リリアンヌは水瓶と器を手にテントの中へと戻っていった。
「お疲れさん」
「……」
テントへと戻ったリリアンヌに、労いの声がかかる。アンドレアルフスである。
「ちゃんと手加減したんだろうな?」
「……しましたよ。
革ベルトで数回打って調教したので、戦闘には問題ないと思いますが、しばらくはおとなしいでしょうね」
アンドレアルフスは寝転がったまま、リリアンヌの様子を探った。彼女はまだ何も身に纏っていない。纏う様子もない。
彼女がまだ、興奮状態である事を読み取った。だが、アンドレアルフスにはそんなリリアンヌに興味はない。下手に刺激して襲われるのも遠慮したい。彼は体を動かさずに口を開く。
「俺は相手しないぞ。
あんたの状態は分かるが、さっさとケルガ纏って寝るんだ」
アンドレアルフスは、自分の育て子と寝る趣味はなかった。それ所か、アンドレの一族に対してそういった情欲をそそられた事すら未だかつてなかった。
「……分かりました」
リリアンヌは残念そうに溜め息を吐いた。のろのろとケルガを荷から取り出し、適当に纏う。
アンドレアルフスは、惜しそうな様子のリリアンヌに気が付いて入るが、敢えて無視する事にした。甘えさせても自分の利にならないからである。
それ以降、主から声がかけられない事を残念に思いながら、リリアンヌはシェリルの隣で横になったのだった。
暫くすれば、興奮状態のリリアンヌもうとうととし始める。彼女がより早く寝付けるよう、アンドレアルフスは静かに移動すると少しだけ魔力を注ぎ込んだ。
慣れないものを注がれたリリアンヌは、力に負けて気を失うようにして眠りについた。